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13 総理大臣賞 〜教え子たちの研究 学生科学賞に応募〜

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 私が中学の理科教師だったのは1961(昭和36)年から10年間です。一口で言うと、いい先生だったと思います。まず、宿題を出さなかった。宿題というのは、授業で教えきれないから出すというのが私の考え。宿題より授業に燃えましたね。


 教科書にはあまり頼りませんでした。一般的に理科は法則を教えるものですが、私はいかに法則ができたか、その過程を再現する方に力を入れ、例えば「大気の圧力」についてだと、実験器具を作ることから始めます。


 石油缶に水を少し入れ沸騰させ、蒸気が出始めたところでふたをして校庭の真ん中に置きます。最後はベコベコと音がして缶がぺちゃんこになる。中が真空になるからです。驚く生徒に、これが大気の圧力だと教える。


 理科嫌いはおらず

 こんなふうに、やたらと実験器具を自作して面白い実験をしていましたから、教え子で理科嫌いはほとんどいなかったと思います。


 初任の天竜中学では、独身で暇だったこともあり、生徒がいつも下宿に出入りしていました。私自身、あちこちに預けられ、担任の先生の下宿に行くのも好きだったので、逆も大歓迎。日曜日もよく生徒を引き連れて山に遊びに行きました。


 コピー機もなかった時代ですが、ガリ版刷りの家庭通信を毎日欠かさず出していました。夕方からはたいてい村内の飲み屋で飲んでいましたから、遅く帰っても必ずコツコツ書いたわけです。


 ところが思わぬことに、下伊那地区で問題になり、通信は学年単位で出すことに、私の転任後に決まったらしいのです。皆で出そうではなくて、皆でやめようになるわけです。長野県教育が誇る頻繁な研究会や研究授業より、生徒と遊んだり通信に手間をかける方が私は好きですし、意義もあると思ったのですが、同僚に迷惑をかけたくないので、以降、通信の発行はやめました。


 天龍村は県最南端の村で、県内の他地域には見られない暖地性の生き物がいます。鳴き声からガチャガチャとも呼ばれるクツワムシもその一つ。関東から九州に分布していますが、長野県の分布の北限が天龍村です。


 生物クラブ顧問の私は、この虫の研究に取り組ませることにしました。分布の境界を調べ、緑色と茶色の虫を掛け合わせるなどの研究成果を、県学生科学賞に応募しました。「科学の甲子園」とも呼ばれる「日本学生科学賞」の地方審査で、県審査を通ると全国大会が待っています。


 結果は佳作。私にとっては不満でしたが、それはさておき、表彰式後の座談会での県教育長の対応が気になりました。上位入賞者ばかりに話しかけ、佳作の生徒たちには一言もなし。教育的見地から良くありません。私は憤りを覚え、見返してやろうという気持ちも手伝って、その後も応募を続けました。


 中高2人受賞の快挙

 くしくも中学教師最後の年。柳町中学3年の市村美弥子さんがヤツデの葉の研究で、県はおろか全国大会で総理大臣賞を受賞し、3人だけの海外派遣メンバーに選ばれました。この年は高校生の部で長野工業の柳島慎一君も総理大臣賞を受賞しました。実は柳島君も小田切中時代の私の教え子です。中学での研究を発展させた鳥の研究での受賞ですから、分野違いの工業の先生がびっくりしていました。


 なお、県の座談会では、交代した教育長が皆に公平に話しかけ、教育的見地からは正当でしたが、私は少々拍子抜けでした。

(聞き書き・北原広子)

(2013年2月2日号掲載)


=写真=「日本学生科学賞」の総理大臣賞を受賞した2人と


 
山岸哲さん