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18 船窪小屋〜針ノ木小屋 〜白いコマクサに出合う 歴史と文学の針ノ木峠〜

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 8月11日。晴れ。5時20分に船窪小屋を出発する。


 きのう歩いた烏帽子岳-不動岳-船窪岳、そしてきょう歩く七倉岳-北葛岳-蓮華岳-針ノ木岳の稜線は、北アルプスで最も入山者が少ない山域だ。北アルプスをほぼ登り尽くしたベテランが、南部の裏銀座コースと北部の後立山コースを結ぶ仕上げにやって来る。


 登山道は険しい。登山者が少ないため道が狭い上、前を行く人の靴裏を見るような上りが続く。小さなコブを何度も越え、頂に立つと下るのがもったいなく感じる。その上、初心者にはなじみの薄い名前の山が続く。


 晴れているので、北アルプスの南北の道筋がよく見える。高瀬ダム湖越しに望む槍・穂高連峰や烏帽子岳の岩塔のようにそそり立つ姿、独立峰のような針ノ木岳、樹間にのぞくエメラルドグリーンの黒部湖。そして烏帽子岳-北葛岳間は樹林とハイマツに覆われ、北アルプスでは最も低い稜線が続く。静かな中に厳しさを感じさせる玄人好みのコースだ。


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 船窪小屋を出発して5時間で蓮華岳の上りにかかる。私は以前から、蓮華岳に咲くコマクサの群落の中をゆっくり歩きたいと願ってきた。コマクサの群生地は各地にあるが、蓮華岳は北アルプスでは最大規模だと思う=写真上。赤茶けた砂地状の山肌の上に、一面に咲いている。他の植物がほとんど生きられない過酷な環境の中で、根の深さは80センチ以上あるという。


 「あった、あった」。ついに出合った。長年、憧れだった"幻"の白いコマクサの数株が、目の前で風に揺れている。今回の縦走で最も印象深いシーンだった。白いコマクサの余韻に浸りながら頂上を越えると、間もなく足元の鞍部に針ノ木小屋が見える=同下。


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 針ノ木峠は信じられないほど歴史のある峠で、信州と越中を結ぶ交通の要衝だった。昔から人々が往来し、牛馬も通ったという。江戸時代には加賀藩が「奥山廻り役」を置き、針ノ木峠も巡視コースにして監視の目を光らせたという。


 また明治の初めには、民間による日本初の有料道路が開かれ「加賀新道」と呼ばれた。大町から針ノ木峠-黒部川・平の渡し-ザラ峠を経て富山県・立山町に通じる80・5キロのルートだ。通行料は1人5銭、牛馬10銭、かご12銭だったという。


 針ノ木小屋の歴史も古く、1930(昭和5)年に大町の百瀬慎太郎が開設した。百瀬は日本初の登山案内人組合を結成。若山牧水門下の歌人で「山を想えば人恋し 人を想えば山恋し」の名歌で知られ、生涯で800首以上の作品を残した。歴史と文学に富んだ、信州と越中を最短距離で結ぶ峠だったのだ。

(2013年2月2日号掲載)

 
北アルプス全山単独縦走