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46 「レ・ミゼラブル」(1998) 〜どの人物の視点から見るか

 Q 話題のミュージカル映画『レ・ミセラブル』を見ました。どの登場人物の視点から物語に入り込めばよいのか悩みました。誰でしょう? 


 A ご質問いただいた方は女性ですので、アン・ハサウェーが熱演したファンティーヌに感情移入するのが自然なのでしょうが、彼女は前半で姿を消してしまいますし、実らぬ恋に悩むエポニーヌの熱唱に心打たれても、彼女の登場場面もわずかです。


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 ミュージカルでは歌や踊りの演技を楽しむことに主眼が置かれ、説明的な部分が簡略化されているので、ジャン・ヴァルジャン(ヒュー・ジャックマン)、ジャヴェール(ラッセル・クロウ)の人物像を理解し、感情移入するのは難しかったのかもしれません。


 同じ階級出身ながら対立する因縁の2人だけに焦点を当てれば、ジャンにリーアム・ニーソン、ジャヴェールにジェフリー・ラッシュを配した、同名の1998年のビレ・アウグスト監督作品の方が分かりやすいのかもしれません。ファンティーヌはユマ・サーマン、成長したコゼットはクレア・デインズが演じています。こちらにはエポニーヌは登場しません。


 原作は、日本のシニア世代が『ああ無情』の名で知っている抄訳版よりもはるかに長いものですから、2時間余りで原作に忠実な映画化は困難です。歴史的背景を知らない観客にとっては、共感的に筋を追えないのも無理はありません。


 細かいことは置くとして、まず、作品のタイトルに注目しておきましょう。原題は複数形ですから、「ミゼラブル(悲惨)な人々」。主人公は切羽詰まってパンを盗んだジャン・ヴァルジャン一人ではないのです。


 1830年と48年の革命に挟まれた歴史の教科書にはおよそ出てこない失敗した民衆蜂起事件を核にして、原作者ユゴーが描きたかったのは、市民革命の中でもなお置き去りにされた最下層の人々のことです。


 ファンティーヌはもちろん、原作ではその悲惨さが克明に描かれている子どものころのコゼット、そして映画には登場しないけれどジャンになけなしの小銭を盗まれてしまうサヴォアの少年のような最も弱い立場の人々です。


 ミュージカル版もそのことを十分に意識しているからこそ、大衆が見放したバリケードの中で「ABC(弱者)の友」と称する学生たちと最後までけなげに戦う少年ガヴロッシュの姿を印象的に描くのです。


 このガヴロッシュたちからの視点が19世紀の物語を21世紀の私たちの物語として共感するための鍵なのかもしれません。

(2013年2月2日号掲載)


=写真=「レ・ミゼラブル」発売・販売/(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 3990円

 
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