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021 フィレンツェ ボッティチェリ 〜様々な仕掛けがある「春」〜

 「ビーナス誕生」で名高い画家サンドロ・ボッティチェリ。彼の本名はアレサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリぺーピ。工房の兄弟子が大酒飲み(ボッティチェッロ)だったのに比べ、あまり飲まなかった彼は"小酒飲み"を意味するボッティチェリと呼ばれた。


 代表作「プリマベッラ・春」=写真=には様々な仕掛けがある。この謎解きが面白い。


 まずは花。花が咲いている植物が190。咲いていない植物が240と膨大だ。ヒナギク、スミレを筆頭にキク、ラン、バラなどが足元や衣服にまでちりばめられている。


 中央の人物は美の神ビーナス。おなか回りを見ると妊娠しているのがわかる。これはスポンサーであったメディチ家の繁栄や豊穣を表す-と解釈される。


 左の3美神はギリシャ神話に登場する女神で、愛・慎み・美を意味している。右隅の西風ゼピュロスが乙女のフローラに息を吹きかけると、あら不思議。左隣の成熟したフローラへと変身するという仕掛けだ。


 男子禁制の庭ともいえそうなこの場所に1人の青年が左隅にいる。ここでは、特にこの青年に注目したい。


 モデルはジュリアーノ・デ・メディチ。メディチ家は歴代、決してハンサムな男の家系ではなかった。そのわずかな例外がジュリアーノだった。


 彼の兄はルネサンスの爛熟期を支えた豪華王マニフィコことロレンツォ・デ・メディチ。日の出の勢いを誇るメディチ家に対し、ライバルのパッツィ家は焦っていた。ロレンツォ殺害の陰謀を企てる。


 1478年4月26日。花の聖母教会のミサでロレンツォとジュリアーノ兄弟を彼らは襲撃した。兄のロレンツォは負傷したものの無事。弟ジュリアーノは凶刃に倒れた。パッツィ家の首謀者2人は捕らえられ、一族ら100人が処刑。国外に逃亡していた関係者も絞首刑だけでなく、市内の屋敷につるされ野ざらしになった。レオナルド・ダ・ビンチはそれをスケッチし、ボッティチェリもフレスコ画にした。


 「春」では、そのジュリアーノを作品の中に残した。あたかも彼を賛美するかのように、ローマ神話のメルクリウスをイメージ。英語読みはマーキュリー。商業の神ゆえ一橋大学の校章になっている。右手に魔法の杖、ペタソスという帽子と羽根付きのサンダルでそのことが読みとれる。


 この絵は若くして非業の死を遂げたジュリアーノに対するボッティチェリの鎮魂歌にもなっている。


 「春」と「ビーナス誕生」はラッキーだった。この後、怪僧サボナローラの説く"華美なるルネサンス"の批判で町中の名画が焼かれたが、郊外の屋敷にあった2つの作品は難を免れ、今も私たちの目を楽しませてくれている。

(2013年3月9日号掲載)


 
ヨーロッパ美の旅