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23 大町街道 地蔵峠 〜松代と戸隠結ぶ要所越え〜

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 山国信州は峠の国である。大町街道から七二会の尾根、陣場平山(1257メートル)の西の肩にある地蔵峠(1143メートル)を越え、鬼無里街道まで歩く。


 雨水が間近い2月16日、県道の笹平でバスを降りる。ここは往昔、山布施の渡しがあり、川中島平と西山地区を結んでいた。


 犀川の瀬音を耳に東へ進むと瀬脇で、忠恩寺の瀬脇観音に一日の無事を祈願して出立。冬去らぬ冷気の中、地蔵峠まで標高差約750メートル、距離約7キロの長丁場の坂を上る。緩やかな県道をひたすら歩き、約3キロ先の七二会小学校前で小休止。確実に高度を稼ぎながら平出地区に向かう。


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 平出の集落を抜けて間もなく、石仏群のお出迎えである=写真下。ここから古道に入り、今は三十三番観世音遊歩道として整備されている。間もなく地蔵岩で、6基の観世音石仏を従えて地蔵菩薩が祀られ、多くの旅人を見守ってきた。黙然として春を待つ石仏に写経を納誦(のうじゅ)。


 静寂な山道には、1863(文久3)年建立の観世音石仏が3基1組みで9組み立ち並び、いずれにも信濃三十三番札所の御詠歌が刻されている。寄進者をしのび、十句観音経を読誦しながら進む。


 展望が大きく開け、地蔵峠である。ここは中峠とも称され、松代と戸隠を結ぶ交通の要所であった。蒼天の下、思い切り精気を吸い込み、心・身がしんと整えられてくる。


 春の凱風を待つ北アルプス連峰、戸隠をはじめとした北信五岳を一望に収めながら昼餉を使う。山の詩人・尾崎喜八は、詩集『峠』で〈風は(諏訪と佐久との西東から遠い人生の哀歓を吹き上げて)まっさおな峠の空で合掌していた〉と詠じている。


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 想いは天台系山伏にある。先人たちは修験の聖地・戸隠を目指して京都の聖護院(しょうごいん)を出立し、この峠を越えたのである。眼前の峨々たる霊峰の山容に修験世界の原景を感じ、百里に及ぶ長旅の疲れを忘れたことであろう。


 私も山伏の端くれとして、いま地蔵峠に立っている。開祖・役(えん)の行者に心を預け、十方に向かって般若心経を読誦。「迷故三界城、悟故十方空。何処有東西、本来無南北」(まようがゆえにさんがいのしろ、さとるがゆえにじっぽうくう。いずこにありやとうざい、ほんらいなしなんぼく)(巡礼の偈)


 陣場平山への登頂は後日とし、戸隠下ろしの風に抱かれながら戸隠祖山地区へ下る。平出の諏訪神社で小休止。ここは七二会側の「表平出」に対し「外平出」と呼び分けされている。


 信濃三十三番観世音との出会いを胸に、鬼無里街道参宮橋への足取りは軽い。早春の譜を奏し始めている裾花の瀬音は耳に心地よい。「春よ来い、早く来い」と口ずさみながら帰途に就いた。次は小田切の花上観世音から小市の渡しなどを訪ねる。

(2013年3月9日号掲載)


=写真=陣場平山(正面)の左肩鞍部が地蔵峠

 
絆の道