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25 栂海山荘〜親不知 〜標高差1600メートルを下り とうとう日本海へ〜

 8月18日。まだ暗いうちからゴトゴト音がしている。同宿のお兄さん1人とお姉さん1人が、それぞれ朝食を準備している音で目が覚めた。昨夜泊まった栂海(つがみ)山荘=写真上=は無人だから、自分の食事は自分で作らなければならない。私は朝日小屋で同室だった人からもらったパンで朝食を済ませる。


 小屋の外のトイレには驚いた。やぶの入り口に黄色のプラスチックの鎖があって、鎖を掛けると「使用中」の看板がぶら下がり、外れていると通れるようになっている。そのままやぶを進むとブルーシートの屋根が掛かった場所があり、1畳くらいの穴の上に金網が敷いてある。その真ん中に便器ほどの大きさの穴が開けてある。私は50年ほどの山歴があるが、こんな恐ろしいトイレには初めて出合った。まさに「ワイルドだぜぇー」で、これには参った。出すものも出せずに退散した。


 さらに、昨夜はぐっすり眠ってしまったが、お姉さんによると、小屋には"先輩"がいて、夜中に走り回っていたらしい。登山者の食べ残しもあり、猫もいないので居心地がいいのだろう。


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 この小屋には、ありがたいことに毛布が備え付けてある。寝袋を持って来ていないので借用した。ちょっと臭うが、ぜいたくは言っていられない。なぜなら、自分が風呂に入ったのは8月7日の奥黒部ヒュッテが最後で、11日間無入浴。いやはや毛布の臭いどころではない。「一晩お世話になり、ありがとうございました」と、宿泊料金と毛布使用料を含め2000円を料金箱に入れる。


 いよいよあと12キロ余り、標高差1600メートルで日本海だ。黄蓮山(おうれんざん)を過ぎ、稜線から10分ほど下った「黄蓮の水場」で水を補給する。朝日小屋から親不知に至る栂海新道上には水がないので、長い道のりに備える。


 さらに上り下りが続き、急登ひとしきりで白鳥山(しらとりやま)(1287メートル)の避難小屋に着く。1998年に焼失したため再建された2階建てで、屋根上に展望台のある立派な避難小屋だ。ここで標高1300メートルの稜線に別れを告げ、樹林帯に入る。標高が低くなると暑苦しさが増し、虫も多くなる。当然、やぶが深くなってくるが、このコースを整備する「さわがに山岳会」の会員たちも高齢化し、4年に1回の周期で行う、道にかぶさる雑木や草の刈り払いが、あと何年続けられるか秒読み段階とのこと。全く頭が下がる。


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 樹林の間に海が見え始めてからかなり歩いたが、ここからが長い。親不知は多くの人が知っている通り、山が直接海に突き出ていて、高速道路も海上を通っている場所だ。坂田峠、尻高山、入道山とピークを5カ所越えてようやく杉林を抜け、16時に親不知の海岸にたどり着いた。この縦走を完遂して最も感じたことは、丈夫な足腰を授けてくれた両親と、計画から実行までを理解し、応援してくれた妻への感謝の念である。

(2013年3月23日号掲載)


=写真=ようやくたどり着いた親不知の海岸

 
北アルプス全山単独縦走