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京都36 恋重荷(こいのおもに) 〜「綾鼓」改作〜

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 〈あらすじ〉 白河院の御所の庭で菊作りをしている老人が、女御(第2のきさき)に恋をしてしまった。これを知った臣下が「重荷を持って庭を回れば拝顔できる」と伝える。老人は持とうとするがビクともせず、精根尽きて死んでしまう。


 女御は哀れに思って庭に降り、立ち上がろうとしたところ動けない。老人の心をもてあそんだ報いだった。このとき老人の亡霊が現れ、女御を懲らしめ、やがて許して消えていく。


    ◇


 謡曲「恋重荷」があるのは観世、金春(こんぱる)の2流。宝生(ほうしょう)、金剛の2流には、これと似たような「綾鼓(あやのつづみ)」がある。どちらも創作ものだが、結末が違っている。


 「恋重荷」の重荷は、綾錦で包んだ重い石。持ち上げて庭を回れば思いが通じるといったのは、身分不相応な恋を諦めさせるための女御の「いじめ」だった。老人はこれを知って恨み、怒り、亡霊となって女御を激しく責め立てる。が、恋地獄でさ迷う自分の霊を弔ってくれるなら「女御の守り神」となろう、と言って去ってゆく。


 「綾鼓」は綾で作った鼓。女御は音が御所まで聞こえてくれば姿を見せるという。老人は精根込めてたたくが音が出ず、悲嘆に暮れて池に身を投げた。老人はもともと音が出ない鼓と知って、執心の鬼となる。女御に音を出してみよと迫り、杖を振りかざし、悲鳴を上げる女御を決して許さない。どちらの結末が良いかは別として、「恋重荷」の作者・世阿弥は「元は綾の太鼓なり」と言っている。「綾鼓」が古典に近く、それを世阿弥が改作したとされている。


 「恋重荷」の舞台は左京区の岡崎かいわい。京都動物園の南側で、料亭や豪邸などが立ち並び、中に「白河院」と看板を掲げた施設がある。白河院の御所跡で、門前の京都市の案内板を要約すると-。


 白河院は藤原家の別荘だったが、白河天皇に献上され、後に法勝寺が建立された。広大な敷地で、境内には金堂、講堂、阿弥陀堂、八角九重塔などがあった。地震、火災で倒壊、消滅し、やがて廃寺となった。門前に立つ「此付近 白河院址」の石柱が、わずかに平安の昔をしのばせる。


 「白河庭園」と書いた案内板もある。それによると、明治から昭和にかけて民間の手に渡り、洋、和館が建てられ、今は私立学校教職員共済組合の宿泊施設に。庭園を手掛けたのは7代目小川治兵衛。円熟の技が随所に見られ、京都市の名勝に指定されている。


 横の木戸が開いていたので庭園内に入ってみた。琵琶湖疎水から引いた滝や池を中心とした名園だった。ここは一般の人も利用できる。東山観光の拠点として宿泊し、早朝散策するのも悪くない。

(2013年3月23日号掲載)


=写真=白河院の門前

 
謡跡めぐり