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59 石黒忠悳 〜西洋の学問を個人教授〜

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 昨年春、信州大学の坂本保富教授から岩波文庫の『懐旧九十年』を紹介され読んでみた。著者は日本赤十字社の社長を務めた石黒忠悳(ただのり)(1845〜1941・先祖は越後国片貝村の人)で、佐久間象山との出会いが分かる書物だ。


 坂本教授によると、石黒は森鴎外の上司で、陸軍軍医総監など国家的要職を歴任。近代日本の西洋医学界を代表する重鎮だった。


 かつて石黒は西洋嫌いの鎖国攘夷論者だったが、西洋医学の研鑽に向かう転機となったのが、象山との出会いだった。


 象山は、石黒青年に西洋日新の学問・文化のうんちくを披歴。国事多難な日本の状況、外国の事情、経済問題、兵制改革...など、幕末期の日本が直面する様々な難題を3日間、個人教授したという。


 坂本教授は諏訪市の諏訪赤十字看護専門学校で、「看護のための教育学」も講義している。同校を訪ねた時、講堂に石黒直筆の扁額=写真=が掲示されているのを発見。象山の『省けん録』の一部で、内容は次の通り。


 日き一移

 千載無再来之今

 形神既離

 万古無再生之我

 学芸事業

 豈可悠悠

 

 日き一たび移れば

 千載に再来の今無く

 形神既に離るれば

 万古に再生の我無し

 学芸事業

 豈に悠悠たるべけんや


 坂本教授の現代語訳は-。

時は一度過ぎてしまえば、千年過ぎても同じ時と巡り合うことはない。人間も死んで肉体と精神が分離してしまえば、一万年たっても、二度とこの世に生まれて来ることはできない。学問や事業も同じ。人生は有限で、のんびり構えていては何事も成し遂げることはできない。今、何をなすべき時なのか。時を知ることこそ大事だ。


 石黒は「見識の雄大さ、一言一句。永く忘れることができないのは佐久間先生で、吉田松陰でも、橋本左内でもない」と同書に記している。

(2013年3月9号掲載)

 
象山余聞