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12 アンセルムと年寄りの知恵 〜アドバイスは理解を進めるための「材料」〜

 「うちの子は、親のいうことを聞かない」という声を聞くことがあります。特に行動について「こうした方がいいよ」とアドバイスをしようとしても、それをはなから拒絶してしまうときです。また、逆に「子どもがある程度大きくなったら、あまりアドバイスを与えない方が考える力は強まる」というような声も少なくありません。


 では、自分で考えることができるようになったら、アドバイスは本当に必要ないのでしょうか? アンセルム(神学者、11世紀)の答えは「否」です。アンセルムは「理解を求めるために私は信じる」という言葉を残しています。


耳を傾ける重要性

 当時、「すべての物事は自分で考えるべきだ。そして、理解できないことは意味がないし、受け入れてもいけない」という風潮が広がっていました。これに対してアンセルムは「伝えられようとするアドバイスや情報に意味があるかどうかは、いったん、それらに耳を傾けてみなければ、理解そのものが進まない」と警告したのです。


 「食べる」という行為は、「食べる『もの』」があって初めて成り立ちます。例えば、「『リンゴを』食べる」というように。「理解する」という行為も、これから理解しようとする、つまり、まだ理解してはいない「材料」があって初めて成り立ちます。


 アンセルムに言わせれば、様々なアドバイスや情報は「それに何の疑問も抱かず、黙って従うためのもの」であるというよりは、自身の理解を進めるための「材料」としての役割が大きいのだと。言い換えれば、アドバイスに真剣に耳を傾ければ傾けるほど、そこに込められた知恵が「考えるための材料」となって理解力が発達し、より良い、幸せな生き方を助けるのだと言うのです。


 例えば、祖母から「ポケットに手を入れて歩かないように」と言われたとき、最初は「どうして?」とその意味が分からなかったけれど、考えるうちに、転んだとき、体を支える手の役割の重要性が分かり、ポケットに手を入れていればとっさに手が出ないので顔面を地に打ち付ける危険があったけれど、手を出していたので危険を回避できた、などです。


 この意味で、読書量の多い人、様々な人の声に耳を傾ける機会の多い人は、考えるための材料が豊富ですから、そうでない人よりも物事において理解力が発達します。阿川佐和子さんの『聞く力』がベストセラーとなっているのも、「年寄り(人々)の知恵」にじっくり耳を傾けるということの、時と文化を超えた重要性に人々があらためて気付き始めているからかもしれません。

(2013年4月27日号掲載)