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22 京大教授に 〜海外調査で大成果 日本鳥学会会長に〜

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 マダガスカル島のオオハシモズ科に分類されている14種が、本当に一つの祖先から適応放散したものなのか。以前に世界の鳥図鑑の翻訳をしながら「分類の間違いではないか」という疑問を抱いたことがありました。体の大きさといい、色といい、クチバシの形といい、あまりに異なるからです。


 もし単系統でないとしたら、私たちが取り組んでいた適応放散の研究自体が意味をなしません。そこで、できる限り捕まえて血液を採る、それが無理なら剥製から少し細胞を頂き、DNA解析など最新の技術も用いて多面的に調べました。


 もしここで、実は単系統でなかったという結果になったら、それはそれで新知見。私はもっと有名になっていたかもしれませんが、形態学者が解剖などの所見から行った従来の分類の正しさを追認する結果が出ました。DNA解析に頼らなくても、ほぼ正確に判断できる形態学者のすごさに感じ入りました。


鳥図鑑に執筆依頼

 オオハシモズ科に関しての論文発表により、私は国際的にも認められるようになり、権威ある鳥図鑑のオオハシモズ科の項目の執筆依頼が英国のバードライフ・インターナショナルから届いたときは、研究者冥利(みょうり)でした。


 海外調査で私たちが腐心したのは、現地の人々との関係です。川那部浩哉先生から学んだことでもありますが、調査に協力してもらいながら成果を独占するのでは無礼。共同研究にしたり、マダガスカルからは留学生を招いて学位取得の指導をし、またマダガスカル島の鳥の図鑑を出版して子どもたちに贈るといった活動もしました。この時にまいた種も国内外で立派に育っていることは、教育者冥利です。


 海外調査は大きな成果をもたらし、日本の鳥類研究にとっても多大な貢献になりました。そんなことが評価されたのでしょうか、1993年、私は日本鳥学会の第11代会長に就任しました。日本の鳥学が公爵や伯爵の方々の趣味的に発展した経緯を反映する鳥学会は、私から見るとまるでサロン。大学院生に入会を呼び掛けて英語の論文発表を奨励し、若手研究者を国際学会に派遣、また鳥以外の研究者との連携も図り、まず普通の学会にすることに努めました。


 会誌名の「鳥」も学会誌らしくなく、院生に入会を躊躇させる一因だったので「日本鳥学会誌」と変えたところ、「功利的な研究者が、明治以来伝統のある学会誌名を、こざかしく変更した」と朝日新聞の科学欄で非難されました。日本鳥学会は昨年100周年を迎え、会員数も1000人を優に超えています。


山階芳麿賞を受賞

 日高隆敏先生の後任として、長年勤務した大阪市立大学から京都大学大学院理学研究科に移った97年に会長を退きました。99年には鳥の研究や保護に功績のあった人に贈られる「山階芳麿賞」を受賞しました。山階芳麿は山階鳥類研究所の創設者です。


 この賞の第1回受賞者が奇しくも羽田健三先生。ご存命だったらどれほど喜んでくださったことだろうかと思いました。昨年までに17の人と団体が受賞していますが、そのうちの4人が羽田先生と門下生ですから、日本の鳥類研究の一大拠点が信州大学であり羽田先生であることが分かります。


 受賞に関するマスコミの取材でよく聞かれたのは「副賞はいくらか」です。後に自分が山階鳥類研究所の所長として選考委員会を仕切るようになった時、早速改革したのが副賞でした。やはりあった方が励みになると自分でも感じたからです。 

(聞き書き・北原広子)


(2013年4月6日号掲載)


=写真=京大の時計台前で


 
山岸哲さん