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024 フィレンツェ 楽園追放 〜人間性復活 象徴する作品〜

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 ルネサンスの人間性復活の象徴として、日本でも社会科の教科書などに登場したのがこの絵である=写真。フィレンツェ・ルネサンスの先駆者、マザッチョによる「楽園追放」のフレスコ画だ。禁断の木の実を食べ、神の住む楽園を追放されるアダムとイブの姿を描いている。


 2人の表情を見ていただきたい。従来の2人の表情やイエス・キリスト、聖母マリアの表現は、中世では無表情か、性悪の人間をにらみつけるような重苦しいものであった。それを覆し、ギリシャやローマの芸術に見られる人間の尊厳を復権させたのが、マザッチョを先駆としたルネサンスであった。


 その先駆けになった作品が「楽園追放」だった。サンタ・マリア・ノベッラ教会の「聖三位一体」のフレスコ画は、半円筒状の天井に一種のだまし絵的な遠近法で描かれている。計算し尽くされたこの技法こそ、やがて来る遠近法全盛のパイオニアともいえる作品になる。


 この技法以上に注目されるのは、彼の描く人間や聖人たちの表情だ。「楽園追放」が描かれているのは、アルノ川の対岸にあるサンタマリア・デル・カルミネ教会の右翼廊にあるブランカッチ礼拝堂。ボッティチェリ、ダ・ビンチ、ミケランジェロら後の巨匠たちが、この作品を見てインスピレーションを与えられた。彼らがここで一堂に模写している姿が想像できる。


 右手の壁にはマゾリーノの代表作「原罪」が描かれている。優美で気品のある作品ではあるが、当時最も普及していた伝統的な画法でもある。


 対照的なのが反対側の左壁面上部にある、マザッチョの「楽園追放」だ。2人の肉体に表現された簡潔かつドラマチックな画風こそが、芸術の革命・ルネサンスを呼び起こした。


 こうした影響力の大きさが、日本でも教科書に採用される所以だろう。禁断の木の実の守り手である蛇に挑発され、イブの勧めに流されたアダム。罪人でありながらも威厳を持ち続け、理性を失っていないように見える。


 肉体美とともに革新的なのは、古代ギリシャなどの理想美に通ずるものがある、といわれる。イブの苦悩する表情に、私たちは心を揺さぶられる。


 礼拝堂の正面には、キリストが行った奇跡の「貢ぎの銭」や「影で病を治す聖ペテロ」などの絵がある。後に修復された努力が実り、明るい、しかも豪華な礼拝堂になっている。

(2013年4月13日号掲載)

 
ヨーロッパ美の旅