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京都37 自然居士(じねんこじ) 〜正義派の謡曲〜

 〈あらすじ〉 自然居士という喝食(かっしき)が東山の雲居寺(うんごじ)で説法している時、一人の少女が、わが身を売って得た小袖を差し出し、父母を弔ってほしいと願い出る。供養していると人買い商人が現れ、「買い取った娘だ」といって引き立てて行く。居士は少女を助けようと後を追い、琵琶湖畔で出帆しようとする舟の中で押し問答となる。商人は根負けするが、腹いせに居士をなぶったり、芸をさせた後、少女はようやく解放される。


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 喝食とは、まだ前髪を垂らした修行僧のこと。町中で民衆に説法するほか、ササを持って踊ったり、鼓を鳴らしたり、大道芸を見せて布教し人気があった。自然居士もその一人で、本名などは不明だが、謡曲の古い記録によると、京都の東福寺で修行して雲居寺に移り住んだとある。


 当時、人さらいや人買いが横行したことは、「隅田川」「桜川」「三井寺」などほかの謡曲でも題材にしていることからうかがわれる。「自然居士」は、その被害者を体を張って助けるという創作劇。こうした社会正義派の謡曲は珍しい。


 この謡曲の姉妹編に「東岸居士」がある。自然居士の弟子で同じ雲居寺に住んでいた。こちらには物語がない。師匠の自然居士が架けたという白川橋で説法している時、通行人に橋の由来を教え、様々な芸をやって見せる。いわば喝食の芸を披露するための謡曲となっている。


 二人の居士が住んだ雲居寺は、現存していない。その跡に豊臣秀吉の正室である北政所(きたのまんどころ=ねね)が、秀吉を弔って高台寺を建てた。徳川家康が方丈や茶室を伏見城から移築するなど支援し、豪華な寺院だったようだ。度重なる火災で仏殿などを焼失したが、開山堂や観月台、茶室などが重要文化財として残っている。また、境内に高台寺創建400年を記念して造った「雲居庵」という茶室があり、それがわずかに雲居寺の名残を留めている。


 謡曲に登場する白川橋は、三条通りの白川に架かる橋で、地下鉄東西線「東山」駅の近くにあった。橋の東側のたもとに「是よりひだり ちおんゐん ぎおん きよ水みち」と刻んだ細長い石の道標があり、1678(延宝6)年、「京都無案内の旅人の為に之を立つ」とあった。古来からの交通の要所に、名のある商人が寄贈したものだろう。京都に現存する最古の道標として京都市史跡に指定されている。


 東海道をはるばる歩いてきた旅人たちは、三条通りに入り、道標を見て一息ついたに違いない。私も道標を見つけて、ほっとした。

(2013年4月6日号掲載)


=写真=白川橋の道標

 
謡跡めぐり