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70 犬−野性の持つ美しさと力(2)

 犬が時刻を予知して毎朝夕、主人を駅まで送り迎えした話。戦火のためやむを得ず置き去りにしてきた犬が4カ月半もかけて500キロを走破、見事、主人と再会を果たしたという話。そんな話のいくつかを紹介したい。


 船が消え行くまで

 伊豆半島のある港でのこと。夜、主人が乗った船が港を出るとき、そこまで犬が送ってくる。犬は波止場の先端に滑り落ちんばかりに脚をかけて、船が消え去るまで一心にその方向を見つめ続けている...そして翌朝、出迎えに出て水平線の彼方に人間の目では見つけられない船影を見つけ、尻尾を振り続けて主人を迎える。それを毎夕、毎朝繰り返しているというのである。


 犬のどこに、こうした感性なり能力が宿っているのか、ある大学教授がこのことを知って、しばしばこの港を訪れてその犬を観察していたというのである。


 わが家の犬(菖蒲の日に生まれたので「菖太郎」と名付けている)のことで恐縮であるが、暗がりでも家に近づいてくる足音で、それが誰であるかを察知しているようだ。家族であれば尻尾を振り続けて待つ。吠え方も威嚇と歓迎とでは違う。歓迎の場合には温かさがあり、「待ってました」という思いがこもっているのだ。澄んだ円(つぶら)な瞳とは犬のための言葉ではないかと思うほどだ。


 南極観測隊犬 タロとジロ

 南極観測隊が1958(昭和33)年の帰国の折、隊犬をやむを得ざる事情で鎖につないだまま置き去りにしてきた。この15匹の樺太(からふと)犬のうちタロとジロが鎖を断ち切ってまでして生き延び、翌年、観測船「宗谷」からヘリコプターで降り立った越冬隊員に、ありったけの歓迎をしたというのは、まだ記憶に新しい話である。これが仮に人間だったら、そこにはどんな出会いの風景があったことであろうか。


 置いていかれたという切なさを、人間だったら生涯忘れ得ないことであろう。犬は恨みつらみを忘れてしまえる動物なのだろうか。ドキュメンタリーでこの映画を見たことがあるが、観客席にあふれた感動の渦を思い出さざるを得ない。ヘリコプターが着地したとき、雪原を二つの黒い点がまっしぐらに走ってきた。タロとジロだった。隊員たちと抱き合った、あの名場面-。


 当の北村泰一隊員は「喜びよりも、置き去りにしてきた犬の怒りに対する恐れだった。ありがとう。すまなかった」と語る。樺太犬は耐寒性に富み、大形で牽引(けんいん)力が強く、極地探検で活躍。粗食に耐え、素直だということは聞いてはいたのだが、それにしても...。


 リタイヤと言われし  盲導犬

 「朝日歌壇」にこんな歌が載っていた。


リタイヤと言われ尾を垂れし盲導犬泣きたる吾の手をなめくるる  (郡司七重)


 郡司さんは共に過ごした10年の歳月の重さを語り、朝の片付けの終わった台所で、盲導犬ベルナの頭をなでながら、老犬になったために別れなければならなくなったことを話しかけながら涙をこぼす。


 ベルナは分厚く温かな舌で私の手をなめてくれる。「さあ、目薬をさすよ」と声を掛ければ、あごを上げて目薬をさしやすいようにポーズをとる。目の不自由な人にとって盲導犬は、ペットなどというものではなく、伴侶であり、犬なしの生活は考えられないことを切々と訴えておられた。


 長野オリンピックの折、白馬村ではパラリンピックも行われた。会場のあちこちで盲導犬をよく見かけた。当時はまだ盲導犬そのものが珍しい時期だったが、一頭の盲導犬がそこにいるだけで、和やかな輪がさざなみのように広がった。あらためて盲導犬の持つ力の大きさを知らされた。ひたすらな優しさと誠実さとゆっくりとした足取りに、手を合わせる人もいたのだった。


 パラリンピックは障害者の大会なので、大勢のボランティアが参加した。励まされたのはむしろ健常者の側で、障害者の持つ果敢な精神と優しさに教えられ、障害者への対し方が変わった。

(2013年4月27日号掲載)

 
美しい晩年