記事カテゴリ:

25 大町街道 鳥立峠 山上条峠 〜新町に口留番所を訪ねる〜

25-kizuna-0525p01.jpg

 信州新町は江戸時代に松代藩が多くの口留(くちどめ)番所(関所)を置いた交通の要地であった。花冷えの4月12日、鳥立(たち)峠から大町峯街道を経て、ろうかく湖まで歩き、2所の番所をたどった。


 朝早く川口でバスを降りる。川口橋を渡り、柳久保(やなくぼ)川沿いの道を鳥立峠に向かう。春未だしの風を受けながら、ひたすら上ると6キロほどで冬枯れの柳久保池に着き、小休止。この池は江戸後期の善光寺大地震ででき、今は釣り場として人気がある。


 天狗山(920メートル)を目標に進むと、鳥立地区からの径に合流。そこが鳥立峠だが、峠を物語る跡は何もない。1時間くらいで宇内坂バス停に到着。ここに宇内坂口留番所が置かれていた。今は苔むした石仏群に当時をしのぶだけである=写真下。


 さらに緩やかな坂を進むと萩野入り口で、案内板に従い北上。間もなく大町峯街道の明るい稜線に出て、思いがけない雪の花の歓迎を楽しむ。


25-kizuna-0525p02.jpg

 今度は稜線を東に向かい、比丘尼(びくに)石を過ぎると立屋(たてや)口留番所跡である。戸隠神社信仰遺跡の宝光院跡に立ち寄り、降雪に隠れる戸隠山に向かい般若心経を読誦。一山衆徒の苦節30余年の避難に心は痛む。


「南無戸隠山大権現」

 立屋の桜を背に昼餉。樹齢300年余の桜の蕾は固いが、楚々たる風情は格別だ。図らずも出会った桜守の鈴木雪江さん(91)は「墓の守り桜を10代目として受け継いでいる。4月末に咲く元気な姿を心待ちにしている」と深い想いを語った。


 十字路を南へ4キロほど下ると土口で、小休止。折からの冷え込みに急き立てられ、太田川沿いの道7キロ余を一気に下ると奈津女(なつめ)橋である。ろうかく湖畔に草枕を置き、約27キロの長丁場の一日の納めとした。


 翌13日は恵みの春日和。久米路橋から山上条峠を越え、長野市中条地区まで歩く。この橋は松代藩内最大の橋で橋場口留番所が置かれ、人・荷のあらために加え橋も管理していた。県歌「信濃の国」に「心してゆけ久米路橋」と歌われている。


 水温む碧潭(へきたん)のろうかく湖沿いに西へ向かう。信州新町美術館を過ぎて中条への道を北上。


25-kizuna-0525m.jpg

 車のまばらな坂道を、春の日を受け一歩、一歩と上る。ひと汗かくと西の下川地区からの道と合流し峠地区である。ここが中条への入り口の山上条峠で、北アルプス連峰とろうかく湖の大パノラマに思わず深呼吸。


 杉林の中を4キロほど北へ進むと、小学校分校のあった茂菅(もすげ)地区。人けのない校庭で昼餉。いつの間にか幼時の記憶がよみがえり、高野辰之作の文部省唱歌「春が来た」の一節を口ずさんでいた。〈春が来た 春が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た〉


 中条への下りは足取りが軽い。北アルプス連峰の冠雪と春を迎えた虫倉山を賞でながら五輪道路に到着。寒暖変化の春の姿の2日間に満足して帰途に就いた。次は信級(のぶしな)の天こう峯を歩く。

(2013年5月25日号掲載)


=写真=眺めの良い山上条峠

 
絆の道