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26 大町街道 天こう峯 〜四国遍路の写し霊場巡拝〜

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 緑したたる5月23日、信州新町・信級の2つの写し霊場を巡拝した。岩下で長野市営バスを降り、まず「天こう峯四国八十八石仏」を参拝する。


 この霊場は、天こう峯(889メートル)の上り道に88体の石仏が12群にそろえられ、四国88カ所の遍路霊場の順に立ち並んでいる。1821(文政4)年、四国遍路を結願した岩下の越山八左エ門が四国まで出掛けられない人のために、近村から90余人の寄進者を募り開設した。


 上り口の「信級札所石仏めぐりの会」による立派な案内板に従い出立。山道の入り口には、1番霊山寺(りょうざんじ)からの8体の石仏が立つ。中央の弘法大師像に一日の無事を祈願。


 木漏れ日を受け、整えられた山道の落葉を踏みしめ、ゆっくりと足を運ぶ。私に語りかけ、導きの手を差し出す苔むした石仏群に、弘法大師と修験道の開祖・役(えん)の行者の御法号を奉誦。「南無大師遍照金剛、南無神変大菩薩」


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 各石仏には寄進者の名が刻まれている。石仏めぐりの会の中村和正会長は「お彼岸や盆の帰省時、曽祖父・曽々祖父が建てた石仏に供養参りをする父・子の姿が多く見られる」と、今に続く信仰のあつさを語った。柔和な顔の石仏には世代をつなぐ睦の軌跡がある。


 天こう峯への道しるべを過ぎ、1時間ほどで広場に着く。霊気の満ちた頂上で88番大窪寺(おおくぼじ)の薬師如来に結願の写経を納誦。開けた展望を楽しみながら、思いは遠く四国の地に。来年は四国霊場の創建1200年で、5回目の歩き遍路への旅心がしきりに騒ぐ。


 〈ひょいと四国へ、晴れきってゐる 山頭火〉

 次は「四十八曲秩父三十四番石仏」へ、尾根道を北に向かう。青葉の葉陰からの薫風を顔に、1時間ほどで県道に着く。ここが峠地区で、かつては村役場、小・中学校、郵便局があり、旧信級村の中心地であった。子どもたちの元気な声が絶えた校庭で、5月の陽光を浴びながら昼餉。


 尾根道をさらに北へ進む。鹿谷城趾に立ち寄り、人跡稀れで荒れた山道の処々の難所を切り抜けながら進む。1時間ほどで権田(ごんだ)地区だ。ここは往昔、小川村と信州新町を結ぶ要所で山伏が住む修験の里でもあった。


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 いよいよ四十八曲がりの坂道に入る。急坂に秩父三十四番観音の石仏が立ち並ぶ=写真下。ここは1856(安政3)年に地元46人の寄進で創設された。この急坂を往来した先人の難儀を想いながら、一歩一歩足を運び、各所の石仏に十句観音経を奉誦。「ただ祈れ観世音、ただ頼め観世音」


 処々の崩落箇所は錫杖(しゃくじょう)が威力を発揮する。最後の石仏には地元の古刹(こさつ)・玉泉寺の名が刻され、心経を奉誦。当信(たにしな)川の瀬音が耳に入ると、間もなく上り口で県道に到着。


 盛春の暖光の下、2つの写し霊場に刻まれている大地のいのちを存分に感得した歓びの一日に感謝して帰途に就いた。

 次は大笹街道に入り、須坂の米子不動の里堂から奥の院へ巡拝する。

(2013年6月15日号掲載)


=写真1=天こう峯の頂上に並ぶ石仏

 
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