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036 春寂寥 ~青春の喜び悲しみを包み~

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春寂寥

  作詞 吉田 実

  作曲 濱徳太郎


一、春寂寥の洛陽に

  昔を偲ぶ唐人の

  傷める心今日は我

  小さき胸に懐きつゝ

  木の花蔭にさすらへば

  あはれ悲し逝く春の

  一片毎(ひとひらごと)に落る涙


    ◇


 毎年のことながら春は、足早に過ぎ去っていく。枝々の先まで淡いピンクに染めた桜並木は今、すっかり緑の若葉で空を覆っている。


 無常迅速であればこそ、花咲く華やぎのさなか、花散る寂しさが同居する。生命の躍動感が満ち満ちている傍ら、いずれは衰える予感が忍び寄る。


 "人生の春"もそうだ。夢と希望に燃える年ごろではある。一方で生きるとは、学ぶとは、愛するとは...。答えの見つけにくい多くの問いに苦しめられもする。


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 わいわいがやがや同じ年ごろ同士で盛り上がると同時に、自分は自分、ただ一人という孤独感を断ち切れないのが青春だ。


 「春寂寥」のタイトルどおりである。春たけなわに感じる寂しさをうたった旧制松本高等学校思誠寮の寮歌だ。


 JR松本駅前から真っすぐ東に延びる広い街路を1キロ余り。ゆっくり20分ほど歩くと、あがたの森公園に突き当たる。かつてここに松本高等学校、いわゆる松高があった。


 ヒマラヤスギの古木が日陰をつくり往時をしのばせる一角、あがたの森文化会館講堂で5月18日、松高寮歌祭が開かれている。


 県内外から卒業生ら約180人が集い、次から次へと青春時代に親しんだ寮歌を歌っていく。もちろん「春寂寥」もメーンの一つだ。


 春夏秋冬の四季に託して4番まで、島崎藤村顔負けの美文調の歌詞が、哀調たっぷりの曲でこだまする。例えば3番はこうだ。


三、秋揺落(ようらく)の風立ちて

  今宵は結ぶ露の夢

  さめては清(すが)し窓の月

  光をこふる虫の声

  一息毎に巡り行く

  あはれ寒し村時雨

  落葉の心人知るや


 寮歌は全国各地の旧制高等学校3年間を寄宿舎で過ごした学生たちが、自ら作詞、作曲し、歌い継いでいった。


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 1902(明治35)年の一高寮歌「嗚呼玉杯に花うけて」、37年の三高寮歌「紅萌ゆる丘の花」などは広く世間に知られ、歌われている。20(大正9)年にできた「春寂寥」も、これらと肩を並べて名高い。


 卒業生の高齢化で今回が最後となった松高の寮歌祭には、松高を前身とする信州大学のグリークラブ学生が参加し、声を合わせた。ことし4月の信大入学式では、初めて「春寂寥」が演奏されている。


 再び伝統が引き継がれる確かさを感じ取れてうれしかった。


 夕刻、車窓から眺める安曇野は、田植えを終えた水田に山並みが映える。まさに「春寂寥」の2番〈あはれ淋し水の面に 黄昏そむる雲の色〉だった。

(2013年6月22日号掲載)


 〔旧制高等学校〕現在の6・3・3・4制以前にあった修業年限3年の高等教育機関。旧制中学4年修了以上を入学資格とし、事実上、帝国大学進学の準備段階としての役割を担っていた。


=写真1=旧制松高があった「あがたの森公園」

=写真2=寮歌祭で歌う松高卒業生ら


 
愛と感動の信濃路詩紀行