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14 ルソーと子どもの精神 〜虐待の背景に「理解できる」という誤解〜

 してほしくないことを幼い子どもがしたとき、叱りながら「どうして、私の言うことを分かってくれないの」とつぶやきたくなることがありませんか? しかし、子どもが大人の理屈を全て理解することは、そもそも可能なのでしょうか?


 この問いに対して、「それは無理です」と喝破したのは、哲学者のジャン・ジャック・ルソー(1712〜78)です。ルソー以前のヨーロッパにおいては「子どもは、大人のミニチュアである。精神についても『大人と同じ理解力がある』」と考えられていました。


発達段階がある

 しかし、ルソーは「子どもは小さな大人ではない。子どもには大人の世界とは全く異なる理屈で成り立つ世界がある」と述べ、以降、子どもの精神にはいくつもの発達の段階があることの研究と、その段階に適した教育方法の研究が始まりました。


 現代における幼児虐待の背景には様々な原因が潜んでいるでしょう。しかし、その原因の中に、ルソーが指摘した誤解「子どもは大人と同じように理解できるはず」があることは、意外と気付かれていないのではないでしょうか。


 例えば、よちよち歩きの子どもが、台所で小麦粉の袋を見付けました。子どもは、その袋の中身を床一面にばらまいて、自分も粉まみれになって喜んでいる-とします。それを見た母親は逆上して「なんでこんなことするの! 悪い子」と言って、その子の頬をたたいた-としましょう。子どもは腹を立てている母親に恐怖を感じはしても、自分がなぜ「悪い子」と言われ、頬をたたかれるのか、その理由を理解できるでしょうか?


 残念ながら、それは無理な相談です。なぜなら、小麦粉が台無しになったことで家計に与える影響、掃除に費やさねばならない労力、出掛ける時間が迫っていることに対する焦り、加えて母親の日頃の疲労など、重なり合った事情を子どもが理解するには、年齢に伴ういくつもの発達段階を踏まなければならないからです。


 この発達段階を無視して、「何でもかんでも大人と同じように理解できるはずだ」という前提で子どもに向き合えば、子どもが、事の顛末と親の気持ちを-当然のことながら-理解できないとき、暴力に訴えて「分からせたく」なることは想像できます。


 「この子は今、私が言いたいことを理解できる発達段階にいるのだろうか」という問いが、子どもに対して上げる手を抑えるブレーキになりますように。

(2013年6月29日号掲載)