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27 大笹街道 米子不動尊 〜開山法要で奥之院・瀑布へ〜

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 須坂市の米子不動尊は「困ったときは東の米子、西の戸隠」といわれ、庶民信仰の厚い真言宗の古刹である。


 6月14日の開山祭に参加するため、バスを米子不動尊前で降りる。蝉時雨の境内は白装束の行者姿が目立ち、伝統の開山法要を迎えようとしていた。開創以来続いているこの行事は「お山登り」とも言い、本尊不動明王の御分身が行者たちに背負われ、本坊から12キロ先の奥之院まで運ばれる。


 定刻の10時、竹前郷史住職による護摩供(ごまぐ)が始まり、行者たちによる太鼓の響きと般若心経の読経が堂内を圧倒する。これに合わせ、私も友の当病快癒を一心に祈る。「当願衆生、摧伏毒害(とうがんしゅじょう さいふくどくがい)」


 護摩供が済むと、いよいよ「お山登り」である。竹前敬史副住職の差配で、九條曼陀羅の赤布に包まれた御分身は行者の背に移され=写真下、後に信者たちの行列が続く。「四阿山権現、熊野権現、大山祇之命(おおやまつみのみこと)」に出立の作法を行い、一行は山門を出る。


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 かつては全道中を御輿乗駕であったが、今は米子農村公園までを白装束の信者たちが交代で運び、車道は車中乗駕となる。特別の計らいで御分身を背負う瑞縁を頂いた。重さ50キロの御分身は我が身にずしりと感じるが、肌身を通じた大威徳は至上の感激である。「南無米子不動尊、南無大聖不動明王」


 御分身は米子川沿いに進み、米子大瀑布)駐車場からは再び行者たちの背に移り、法螺の音が響く森の中をしずしずと奥之院を目指す。


 不動、権現の2本の滝を背にした幽谷に立つ奥之院に無事着到。一行は竹前郷史住職に従い、安置された御分身に般若心経を奉誦。


 梅雨の晴れ間に、不動、権現の両滝は轟音)を立てて流れ落ちている。開山祭の終幕は禊(みそぎ)の場、不動滝での滝行である。根子岳と四阿山を源とした水の流れは霧状になびき、2人の行者が落差85メートルの瀑下に仁王立ちで向き合う。「臨! 兵! 闘!...」と九字護身の呪が静寂な谷を切り裂く。滝の傍らで見守る一行は般若心経を読誦。不動明王に「五穀豊穣、講中安全」をひたすらに心願。


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 岳、滝、人が不動明王の導きで一体となり、大自然のエネルギーが心身に漲る。修験の天地にひたと包まれ、興奮と感激は胸にあふれる。「お山登り」を無事に済ませた一行の顔は輝き、9月14日の「お山降り」での再会を約す声が弾む。


 帰途に就く私に、竹前敬史副住職は「(米子不動尊は)開創以来、不動、権現両滝の別当として廃仏毀釈の法難を避け、神仏混淆の信仰を守り続けている。5月1日には10余の講社の支えを受け大祭を続けている」と力強く語った。


 次は若穂保科の清水寺から妙徳山に登る。

(2013年7月13日号掲載)


=写真=不動滝で滝行する行者

 
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