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63 河上徹太郎 〜象山は人を食った怪傑〜

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 文芸評論家で芸術院会員だった河上徹太郎(1902〜80)が、著書『吉田松陰』の中で、佐久間象山を批判している。象山批判は珍しくはないが、どんなことが書いてあるのか読み進むと-。


 -象山こそ、松陰が身近に接して「わが師」と呼ぶことを敢えてした唯一の人。然し、この二人の性格は、人間的にいってかなりかけ離れてゐる。象山は人を食った怪傑(正体不明の豪傑)であり、松陰は誠実、実直な人で、私は松陰の人柄は無類に好きだが、象山は好きになれない(「佐久間象山のこと」の項)-とある。


 1968(昭和43)年に文芸春秋社から出版された本で、河上は長崎生まれだが、本籍が山口県岩国市だから松陰と同じ長州人。


 第2次大戦前、信州人のほとんどが象山を敬仰しており、悪口などは聞かれなかった。だが戦後、世の中が変わってから、象山の欠点を暴露する研究者が少なくない。


 そんな中で「吉田松陰は果たして象山以上の人物か」と疑問符を付けているのは、02(明治35)年生まれの高井蒼風。木島平出身で東京に30余年住んだ後、郷里で創作活動を開始。多くのエッセー、詩、評論などを著した異色の作家だ。


 蒼風の『続信濃畸人傳』中の「佐久間象山新論」によると、中国文学者の吉川幸次郎京大名誉教授は「幕末、文化人の巨頭」、評論家の徳富蘇峰は「象山こそ世界十傑の一人」と書いている。そして、「河上象山論」には次のように反論している。


 松陰は旧思想と新思想のジレンマに取りつかれノイローゼに罹り、気も狂わんばかりの心理状態。河上徹太郎氏の如き、こんな松陰を偉人に祭り上げ、佐久間象山を踏んだり蹴ったりしているが、これは間違った見解-と。


 「甜言蜜語」(てんげんみつご=人の気に入るようなうまいことば)を期待するものではないが、河上氏は個人の嗜好で2人を取り上げているようだ。

(2013年7月13日号掲載)


 
象山余聞