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大阪・兵庫03 松虫(まつむし) 〜男の哀れな物語〜

 〈あらすじ〉 摂津国阿倍野の酒場で、いつも酒宴する男たちがいた。ある日、1人の男が「松虫の音に友をしのぶ」とつぶやく。店主が事情を聞くと、男はこの辺りを友と通りかかった時、友は松虫の音に引かれて草むらに入り、死んでしまった。今も友を慕ってここに来ると語り、「自分はその残された男の亡霊」と言って去る。店主が弔っていると亡霊が再び現れ、思い出を語り、舞を舞って消え、虫の音だけが寂しく残る。

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 この謡曲は、平安時代前期の『古今和歌集』に「秋の野に人まつ虫の声すなり 我かと行きていざとぶらはん」(秋の野にだれか人を待つように鳴く松虫の声がする。相手は私かと聞いてみたい)という読み人知らずの和歌がある。それと阿倍野地方に残る伝説を組み合わせた創作物。謡曲の作者ははっきりしていない。


 松虫とは、鈴虫の古い呼び名、コオロギとの説もある。伝説だと、仲の良い2人の男がいた。ある月の夜に松虫の音を聞きながら歩いているうちに、1人が聞きほれて、草むらに分け入った。なかなか帰ってこないので、捜しに行くと草の上で死んでいた。「死ぬときは一緒と思っていたのに」と嘆き、泣きながらその場に埋めた。残された男は、秋に松虫の音を聞くと、友をしのんで亡霊となって現れる。男の同性愛の哀れな物語だ。


 この物語にちなんだ松虫塚が阿倍野区松虫通にある。路面電車の阪堺電車「松虫」駅のすぐ近くだ。私はタクシーで四天王寺から住吉大社へ向かう途中に立ち寄った。松虫通を行ったり来たりして、石垣で囲まれたエノキの大木がそびえた一角を見つけた。狭い敷地内に松虫塚と刻んだ石塚や小さな社(やしろ)、案内板などがあった。


 ここは阿倍野といわれるように、草の茂る野原だった。その後、伝説の松虫塚が立てられ、同名の小道もできた。そして戦後の道路拡張で取り壊しが検討されたが、住民の反対で残されたという。代わりに敷地の一部がはみ出し、ここだけ歩道が狭くなっている。


 案内板には、松虫にまつわる、いくつかの伝説が書いてあった。その一つに法然上人の門弟密通事件がある。2人のイケメン僧が後鳥羽上皇に仕えた松虫、鈴虫の2人の官女と密通、露見した。2人の僧は斬首され、上司の親鸞は佐渡へ、法然は四国へ流罪となった。その松虫がこの地に来て草庵を結んだ、というのである。


 官女松虫が尼となり、ここで没したかは定かでなく、むしろこじつけの感じがする。それにしても松虫をめぐる逸話は、どれも秋の夜にひっそりと鳴く虫のように物悲しい。

(2013年8月24日号掲載)


=写真=阿倍野区にある松虫塚

 
謡跡めぐり