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28 大笹街道 妙徳山 〜山頂で祖母の霊へ般若心経〜

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 猛暑の7月14日、バスを保科小学校で降りる。北に進み、北信濃十三仏霊場四番の広徳寺山門を入る。亡き祖母の位牌を古布を使った心尽くしの頭陀袋に収め、追善供養巡礼の出立である。本尊の普賢菩薩に真の成仏を願い写経を奉誦。


 さらに北上すると、濃い緑を背にした清水寺=写真下=の棟に鴟尾(しび)が躍っている。ここは「保科のお観音さん」と親しまれている信濃観音霊場十六番札所だ。1916(大正5)年の大火で、本堂、庫裡をはじめ離れた奥の院まで焼失したが、25年に再建された。これからの長い道中を考え、鐘楼脇から観音堂に向かい、本尊の千手観世音を遥拝(ようはい)する。


 保科川沿いに戻り、高岡地区へ向かう。保科温泉からの合流点でこれからの道程を案じていたところ、軽自動車が突然、停車。地元の上沢晴美さんの車送りのご接待をありがたく頂き、4キロ先の馬背(まごせ)峠まで乗車。


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 この峠はかつて、上杉謙信の軍道であった。綿内地区への緩やかな林道を下ると間もなく、妙徳山(1294メートル)の登山口に着く。


 いよいよ妙徳山への峯入りだ。白髭大明神里宮の前を通り、山道を登る。キラキラ輝く葉露を楽しみながら進むと、「ゴー、ゴー」と足元から伏流水の音が聞こえてきた。「穴水」といわれる場所で小休止。


 ここからは上空が開け、急斜面の尾根に取りつく。標識代わりのロープと錫杖を頼りにひたすら高度を稼ぐ。尾根の最上部は雨乞いで知られた奥宮で、般若心経を読誦。地元、綿内地区の綿内剛美区長は「水の恵みに感謝して地区の代表が蓮台寺住職と共に奥宮に登り、毎年10月11日に例大祭を続けている」と力強く語った。


 奥宮から直上し、山頂の広地に着到。祖母の霊に向け、般若心経を読誦し四方拝。展望が開けたこの南端のピークで昼餉。


 名残りを惜しみながら、のっこし峠を目指し、境界尾根を心・身軽やかに下る。40分ほどで三峯権現(みつみねごんげん)に着くが、踏み跡を見失い、難儀を覚悟で尾根筋歩きを続ける。展望のない林中の深いやぶをかき分け、2時間余も悪戦苦闘。頼りの尾根筋も消えて、荒れ沢下りにルートを変更する。


 不動明王の名を唱え、錫杖で一歩一歩、沢筋を探りながら、のろのろ歩きが続く。しかし、心・身に山伏奥駆け修行の記憶が甦り、不安はない。「一途一心、歩々前進」


 夕暮れ迫るころ、やっと林道と出合い、ヒグラシゼミの声を聞きながら長野電鉄須坂駅へ歩を急ぐ。鮎川を渡り、八町の花田六角観音堂で無事下山の十句経を奉誦し、きょうの納めとした。

 次は須坂市仁礼の高顕寺(こうけんじ)を訪ねる。

(2013年8月10日号掲載)


=写真=どっしりとした山容の妙徳山(若穂綿内から)

 
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