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大阪・兵庫04 雨月~西行の才能試す

 〈あらすじ〉 西行法師が住吉明神を参詣した後、近くの庵に宿を求める。老夫婦がいて屋根の葺き替えで、言い争っていた。老人は「雨や落ち葉の音を聞きたいので屋根を葺く」と言い、老女は「月を眺めたいので葺かなくてよい」と言う。西行の機転を利かせた和歌に老夫婦は感心し、夫婦は仲良く西行を招き入れる。その夜、西行の夢の中に、老人の住吉明神が宮人の姿となって現れ、舞を舞いながら、歌道に熱心な西行をたたえる。

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 謡曲「江口」と同じく、西行法師の逸話を集めた『撰集抄』をヒントに創作された。物語の軸は西行の次の和歌だ。「月は洩れ雨はたまれととにかくに 賤が軒端を葺きぞわづらふ」(あばら家の屋根が傷んで、月光や雨が漏れる。困ったことだが、月光が漏れるのはうれしい。さて、この葺き替えをどうしたらよいか迷ってしまう)。

 老人は夫婦喧嘩のさなか、「賤が軒端を...」と下句のため息をつき、西行に「上句を作ったら泊める」という。西行がたちどころに「月は洩れ...」と上句を詠むと、あばら家で泊められないといっていたのに、快く迎え入れる。実は住吉明神が老人となって、西行の和歌の才能を試したのだった。

 明神を祀る住吉大社は、およそ1800年前、神功(じんぐう)皇后が創建したといわれる。全国2300の住吉神社の総本社で、大阪市住吉区にある。南海本線「住吉大社」駅で降りると、すぐ西側が公園で、かつては海岸だった。白浜や青松が美しく、万葉の昔から多くの和歌に詠まれてきた。したがって明神は「和歌の神」とされ、人々は和歌の上達祈願でやってきた。西行もその一人だったのだろう。

 東側に道路を隔てて大社があり、正面入り口に豊臣秀吉が寄進した太鼓橋があった。渡るだけで「お祓」され、清められるという。橋を渡ると、神功皇后ら4神をそれぞれ祀った4つの本殿が並ぶ。いずれも国宝だ。摂社や末社、史跡も数多い。600坪(約20アール)ほどの田んぼもあり、毎年6月の御田植神事は、国の重要無形民俗文化財になっている。

 大社は数多くの謡曲に登場する。「雨月」のほか「住吉詣>」「梅枝(うめがえ)>」などの舞台となり、「住吉の松」は十数曲の中で謡われている。婚礼で謡われる小謡の「高砂や...」の末尾に「...はや住吉(すみのえ)につきにけり」とあることから、「縁結びの神」ともされ、今は結婚式場として人気がある。
 訪れた日にも2組見かけた。花嫁の一行が太鼓橋を背景に記念写真を撮っており、居合わせた参拝者の祝福を受けていた。

写真:正面にある太鼓橋
 
謡跡めぐり