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29 大笹街道 ~夏護摩祭で感謝と継承

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 残暑厳しい快晴の8月19日、須坂市仁礼の高顕寺から大谷不動尊奥の院へ巡拝する。バスを旧道入り口で降り、大笹街道を東へ進むと、まもなく高顕寺入り口である。

 高顕寺は真言宗の古刹で、信濃観音霊場十番札所であるとともに、北信濃十三仏霊場八番札所だ=写真下。裏山の観音堂で本尊千手観音に、今日の巡拝と亡き父・母の冥土での旅の無事を願い、般若心経を奉誦(ほうじゅ)。

 静寂な境内で、仁礼、米子の扇状地を隔てて展開する信越の山々を楽しむ。江戸時代の国学者・清水浜臣は『上信日記』で「高顕寺というにのぼりて見渡せば、いとよき所なり」と賞している。
 夏木立に蝉時雨が始まり、本堂前の大谷不動尊里堂の前に人影が濃い。今日は大谷不動尊の夏護摩祭であり、護持する三ケ村(旧仁礼、井上、八町)協議委員会により厳修(ごんしゅう)される。委員会の好意で参加の勝縁を頂いた。

 定刻の9時30分、80人余の委員が分乗した2台のバスは、約14キロ先の奥の院に向け出立。大笹街道を峰の原へひたすら上り、林道大谷不動線から宇原川沿いに下る。ここで降車し一行と別れて参道に入る。宇原川の瀬音に導かれながら足を運ぶと、黒門が目に入る。奥の院と旧大笹街道峠道との分されである。

 大笹街道は往昔、須坂福島宿と上州嬬恋大笹宿を約30キロの近道で結ぶ要路であった。黒門脇の水場に立つ句碑の前で大休止。「旅人の足のつかれも白清水」の句に心身が和む。険しい峠道には百体余の石仏が鎮座し、旅人の心を慰め、道中無事を語りかけていた。今もなお約60体が残されている。

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 ここから奥の院までは1.6キロの登りで、不動明王との出会いに心を弾ませ、ひたすら歩を進める。祝いの五色の幟が見えてくると、いよいよ奥の院である。

 11時、新装の奥の院に太鼓の音が響き、高顕寺増沢秀誉住職による護摩供(ごまぐ)がスタート。本尊不動明王の前に諸魔消除、慶事招来の炎は燃えさかり、私は病床の友の当病平癒を一心に祈願。
 護摩供の後は、青空の下での車座の直会(なおらい)である。80余の顔は輝き、標高1400メートルの霊地に歓談の花が咲いている。一般財団法人仁礼会の駒津幸司理事長は「夏護摩に加え、毎年『お山登り(5月15日)』『お山降り(10月15日)』を続け、先人への感謝と次の世代への継承を実行している。また6月には峠道を歩き、道を整備し石仏を巡拝している」と力強く語った。

 納めは仁礼西原公会堂前の古い石仏に立ち寄り、一日の無事を報告し帰途に就いた。次は高社山に登拝する。

写真上=高顕寺

写真下=護摩供が行われた大谷不動尊奥の院
 
絆の道