記事カテゴリ:

64 吉田松陰 ~親しみ込めて「先生」

64-zozan-0914p.jpg
 明治維新の先覚者とされる吉田松陰の出身地、山口県萩市では、「松陰」と呼び捨てにすると怒られる!? 尊敬の念を込めて「松陰先生」と呼ばなくてはならない。佐久間象山を生んだ松代ではどうだろうか。

 山口県といえば、首相は伊藤博文、山県有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作の各氏、現在の安倍晋三氏の8人に上る。このうち、伊藤、山県、桂、田中の4人は萩出身だ。明治憲法の制定や国会開設に尽力し、立憲国家設立に多大な貢献を果たした初代総理大臣の伊藤らを松陰門下として輩出している。「敬称」を付けるのは、当然だろう。

 県図書館協会常務理事・事務局長の宮下明彦さんは1997、98年ごろ、上田市教委教育次長を務めた当時、萩市教委に問い合わせをしたことがある。
 電話で「吉田松陰」と何回か呼び捨てにしたところ、「相手からそのたびに『松陰先生』と言葉を返された」という。暗に「松陰先生と呼ぶように」と、言われたのかもしれない。

 松陰は(小舟で国禁の海外渡航問題を起こした)下田踏海事件や、井伊直弼大老の片腕だった間部詮勝(まなべあきかつ)老中暗殺(未遂)首謀事件に関係。29歳の若さで幕府の刑場、小塚原の露と消えた。象山からすれば、松陰を弟子に持ったことで9年間も蟄居となったが、松陰は地元で「先生」と崇められている。

 萩藩校「明倫館」の跡地に建つ明倫小学校は1981(昭和56)年から毎日、「松陰先生のことば」を教育に取り入れ、朗唱している=写真・萩市提供。

 「万巻の書を読むにあらざるよりは、いずくんぞ千秋の人たるをえん」(多くの本を読み勉強しなければ、どうして名を残すような立派な人間になることができようか)...など。

 萩市企画課に吉田松陰の敬称に関して質問した。課長名で「尊敬だけではなく、親しみを込めて『松陰先生』と呼ぶ場合が多い。明倫小で松陰先生のことばを毎朝、朗唱していることなどが影響している」との回答を得た。
 
象山余聞