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23 山と人と ~中国の文人と出会う 私の著書を翻訳 出版~

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 山登りを続けるのに大自然の魅力は大きいですが、私の場合はむしろ人との出会いに、より魅せられています。年を取ると新しい友人ができにくくなりがちななか、山を通じて国内外のたくさんの友だちに恵まれたことに心から感謝しています。

 そんな山仲間が集まる拠点になり、また海外からの訪問客を迎えるのにふさわしい場所があるといいと考え、遠くに北アルプス、眼前に戸隠連峰を望む飯綱高原に山荘を建てました。大工仕事が好きなものですから、基礎など一部を除いて自分で手造りし、ちょっと自慢できる山小屋です。

代役通訳の李さん
 ある時、この山荘に中国人の李建華さんを迎えました。彼との出会いは2002年、私が隊長となってチョモラリ峰の「清掃トレッキング隊」を率いてチベットに行ったときでした。

 チョモラリ峰は、ブータン側では「女神の山」としてあがめられているため登山許可は絶対出ませんが、中国側はOKです。ただし、インドとの国境に近い軍事的要衝ですから、特別許可になります。中国登山協会との10年にわたる交流の総仕上げとして、1996(平成8)年に合同でチョモラリ峰登山を実施。宮本義彦隊長以下全員登頂という快挙は良かったのですが、数年後に中国側から「チョモラリ隊のベース・キャンプでごみが発掘された」との連絡が入り、責任を感じた私たちが組織したのが清掃トレッキング隊でした。

 そのとき、中国登山協会の通訳が急用で来られなくなり、代役を務めたのが李さんです。広島大学文学部に留学し、在日中国大使館の仕事をしたこともあるという李さんの日本語は完璧。三浦綾子の『氷点』や團伊玖磨の『パイプのけむり』などの翻訳者としても知られる文人でした。北京出身の漢族で、それまで山にもチベットにも縁のない生活だったのに、たまたま私たちと行動を共にしたことで「生きる力、人間力を学んだ」と、以来8回もチベット巡礼の旅をするほど取りつかれ、最近はとうとう『聖地巡礼』という本を日本語で出版しました。こうして相互に影響し合うのも、出会いの醍醐味(だいごみ)ですね。

 この李さんが私の山荘の本棚で、2003年に私が信濃毎日新聞社から出版した『春夏秋冬 山歩きの知恵』という本を見つけ、パラパラとぺージをめくったかと思うと「この本を中国語に翻訳させてください」と言うではありませんか。

今も家族ぐるみで
 私がこの本を出すことにしたのは、山登りをする人が安全に楽しめるように、自分の経験や知識を伝えようと思ったからです。登山の技術や工夫とともに山仲間のエッセーなども交えて読みやすくしました。日本以外で読まれることは想像もしなかったのですが、経済発展に伴い登山への関心が高まっている中国でも、このような本は必要だろうということでした。

 大変な光栄です。日本人でないと分からない固有名詞を避けるなど、中国の人が読むのを想定して私が全面的に書き直し、李さんが翻訳して2010年、『登山的智慧』のタイトルで中国で出版されました。

 実は、李さんとの出会いのきっかけだった清掃トレッキングは、連日の大雨による土砂崩れや洪水で、ごみのあるベース・キャンプまで行き着くことができず、目的は果たせませんでした。しかし、山がなければすれ違うこともないだろう人との出会いをさせていただき、今も家族ぐるみで親しくさせていただいています。
(聞き書き・北原広子)
(2013年10月19日号掲載)

=写真=中国で出版された「登山的智慧」(左)と、「山歩きの知恵」(右)

 
田村宣紀(のぶよし)さん