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大阪・兵庫05 梅枝(うめがえ) ~亡霊が夫へ恋情~

 〈あらすじ〉 旅僧が住吉で雨に遭ったので、近くの庵に泊めてもらう。太鼓と舞衣装が飾ってあるので主の女に尋ねると、住吉の富士という楽人と、天王寺の浅間という楽人が宮廷で競い合い、富士は浅間に討たれてしまった。富士の妻は形見の太鼓を打って悲しみをこらえていたが、その妻も死んだ、と語って消える。僧が読経していると、妻の亡霊が現れ、夫の衣装を着て舞い、やがてウグイスの鳴く梅の枝の中に消えてゆく。
     ◇
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 この謡曲は、「富士太鼓」と同じ資料によるもので、同曲が生きた現在物であるのに対し、「梅枝」はそれを幽霊物として扱っている。資料には平安末期の歴史物語「増鏡」に似たような話があり、当時、楽人同士の刃傷沙汰が話題となったようだ。

 「富士太鼓」は、富士の妻が夫を都に送り出した後、夢見が悪い。上洛してみると、宮廷で太鼓役に抜てきされた夫が、浅間に恨まれて討たれてしまっていた。悲嘆のあまり狂い、夫の衣装を身に着け、浅間に仕返しする力がないので、太鼓を仇と恨んで乱れ打つ。「梅枝」はその妻も死んだ後、亡霊となって登場して夫への恋情を訴える。「富士太鼓」の続編ともいうべき曲だ。

 討たれた富士と、その妻を祀ったと伝えられる神社がある。住吉大社の境外末社の一つである浅沢神社だ。大社の東参道前を少し南に行くと、堀に囲まれた小さな社殿があり、堀には杜若(かきつばた)の群生が茂っている。

 神社前にあった案内板を要約すると、ここに清水の湧く大きな池があり、奈良の猿沢、京都の大沢と並ぶ名勝だった。とくに浅沢池は美しく咲く杜若が歌人に愛され、万葉集などに名をとどめている。昭和になって清水は枯れてしまったが、1997(平成9)年、地元の熱意で細江川の水を引き、「浅沢の杜若」を復活させた、と書いてあった。祭神は厳島神社と同じ「市杵島姫(いちきしまひめ)の神」。本来は海の神だが、弁財天と結びついて「芸能の神」ともされている。

 ところで神社の概要は分かったものの、肝心の富士夫婦に関する記録が見当たらず、大社に聞いてもはっきりしない。

 あちこち探したところ、右側の堀の中に、1本の木が生えており、その根元に1メートルほどの古びた石碑があった。何か刻んであるが、風化していて分からない。夫婦の供養塔かと近所の主婦数人に尋ねると「そんなお話、初めて聞いたんねん」だった。

 縁起の良くない話は、どこでも伝承されず忘れ去られていく。が、私は各地の石碑や石塚を見てきた体験から、この堀の中の石碑は富士夫婦の供養碑に間違いない、と決めた。
(2013年11月2日号掲載)

=写真=堀の中にある石碑
 
謡跡めぐり