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19 自立への敏感期 ~「自分でやった!」と誤解できる助け~

 「自立」への敏感期の話です。
 台所で母親がギョーザを作っているとき、子どもが近寄ってきて「僕にやらせて、やらせて」「じゃあ、やってごらん」。でも、うまくできない。「ほら、できないじゃない。まだ無理よ」「やりたい、やりたい」「ダメ!」。こんな経験がありませんか?

 人生の主人公になる
 幼児の知性がまず目指すのは、自分の体を思うように動かし、様々な日常生活の行動を「自分で」できるようになり、そうやって、自分の人生の「主人公」になることです。つまり「自立」することです。幼児期には、この「自立」への願望が非常に強くなる時期があります。

 子どもたちの「自立」への敏感性が高まってくると、親の目からすると、とても一人ではできそうにない日常の作業を「自分にやらせろ」と主張する場面が増えてきます。このとき、親が「じゃあ、やってみて」とその作業を完全に子どもに任せてしまうと、大体失敗し、親も子もがっかりしてしまいます。どうしたらいいのでしょうか。

 モンテッソーリは、幼稚園の子どもたちに、はなのかみ方を教えたときのエピソードを記しています。かみ方を、ステップを細かく分けて、理解しやすいようにやってみせた(前回の本欄参照)とき、子どもたちから熱烈な拍手が起こったというのです。なぜでしょうか。
その子どもたちはそれまで、はなが垂れればいつも誰かがが拭いてくれていたのでしょう。しかし、その子たちの心の中には、「いつか、自分ではなをかめるようになりたい」という願望が育っていたに違いありません。拍手が起こったのは、その願望が実現することへの喜びの表現であったということができます。

 モンテッソーリ研究者の一人、相良敦子の著書の一つの題名は『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』です。このタイトルを見ると、「手伝ってもらったら、一人でしたことにならないじゃないか」と言いたくなるのですが、そこがポイントなのです。

 「助け」には、「代わりにやってやる」という助けもあれば、「本人が『助けなしにできるように』助ける」という種類の助けもあります。自立に対する敏感期に、なにより必要なのは、後のタイプの助け、つまり、子どもが「(お母さんの助けなしに)自分でやった!」と「誤解」できるような、演劇の「黒子的助け」なのです。

 一人ではできそうにないことを「やらせて!」と子どもが近寄ってきたら-その子ができそうなところを探してやって、後ろからそっと助ける、など-演技力の見せどころですよ、お母さん。
(2013年11月23日号掲載)
 
続・たてなおしの教育