
第18回冬季オリンピックの国内候補都市に長野が決まった翌1989(平成元)年1月、フランスのアルベールビルへ初の海外招致活動に出掛けました。アルベールビルは92年冬季五輪の開催準備を進めており、IOC理事会と国際冬季競技連盟の合同会議が開催されることになったからです。
アルベールビルは欧州では有名なスキーリゾートのクーシュベルを抱える人口約3万人の町です。早朝、パリのドゴール空港に到着して小型飛行機に乗り換え、1時間ほどで山の上の狭い平地を利用した小さな飛行場に無事着陸してほっとしたのを覚えています。
「ナガノってどこ?」
早速、会議が開かれるホテルに出向いてロビー活動を開始しました。日本のIOC委員の猪谷千春さんに各国の委員を紹介していただき、「長野は98年の第18回冬季オリンピックに立候補するのでよろしくお願いします」とあいさつしました。
すると、皆「ナガノってどこ?」という感じでした。夏季五輪でソウルに敗れたナゴヤが冬季五輪に切り替えたのかと勘違いする人や、「ナガノは雪が降るんですか」と聞く委員もいて、世界では長野の知名度は限りなくゼロに近いことを思い知らされ、前途多難を痛感しました。
考えてみると、長野の緯度はアフリカ大陸のモロッコとほぼ同じです。地中海周辺では雪はあまり降らないので、欧州の委員が心配したのも無理はありません。
そこで、長野は日本列島の中心部に位置し、冬になるとシベリアからの寒気が日本海を渡って標高3千メートル級の日本アルプスに当たって大雪を降らせることや、長野は日本のウインタースポーツの中心地であることを力説しました。
初めての活動で緊張しましたが、国際的な集まりで人種や言葉の違う人たちとの意思疎通には、このロビー活動が極めて大切であることを実感しました。公式会合だけでなく、レセプションや朝食時、ホテルのロビーなどで積極的に会って話す人と人との出会いは相互の理解を生み、気持ちが通じる近道でもあります。
この時、20人ほどの夕食会で長野のアピールをする機会を与えられ、英語で臨むことになりました。通訳の田中美恵さんの指導で何度も発音練習をし、「ナガノもアルベールビルと同じように1度で招致を勝ち取りたい」と話すと、皆さん笑いながら拍手をしてくれました。私の英語も結構通じるな、と自信がついたものです。
持論は「言葉は度胸」
世界で招致活動をする際には、国際語としての英語が重要で、特に会話のできる英語教育の必要性を痛感しました。私は五輪招致に関わるようになってから、毎朝、NHKラジオの英会話を聞いて勉強しましたが、「言葉は度胸」が私の持論です。
アルベールビルでは、冬季五輪の準備状況も視察しました。スキー3冠王の記録保持者でアルベールビル五輪組織委員会会長のジャン・クロード・キリーさんとも懇意になり、彼が用意してくれたヘリコプターでモンブランを中心に配置された競技施設の説明を受けて大変参考になりました。
彼に健康の秘訣を問うと、「僕はベジタリアンです」と答え、野菜を主とした食事を心がけているとのことでした。後日、長野へ来られた際に善光寺さんの院坊の精進料理に案内したところ、「トレビアン」と言って、とてもおいしいと賞味しておられました。
(聞き書き・横内房寿)
(2013年12月7日掲載)
写真=ジャン・クロード・キリーさんとクーシュベルのスキー場で