記事カテゴリ:

08 響く早鐘 「水が来た」と町中が混乱

mushikura.jpg
 3月27日夜8時ごろ、川中島の各地に早鐘が鳴り響き、わけても西寺尾の早鐘は城下から手に取るように聞こえた。さては失火かと土手に出て見れば、ともしびが20~30見えた。

 これは一体どうしたことかといぶかるうちに、小森東福寺の辺りから柴村の方まで、引き続き幾百ともいえないともしびが見えるではないか。呼び叫ぶ声ははっきりしないが、「水よ水よ」と言っているようである。

 さては岩倉の湛水(たんすい)が抜け出たのかという暇もなく、西寺尾の方よりも堂島の方よりもともしびが増えて「水が来た! 逃げろ! 助けて!」と村人たちが駆け込んで来る。このまま城下に入ったならば、町も家中も動揺するであろう。

 そこで、目付方に「馬喰(ばくろう)町口、寺尾口に出てこれを制せよ」と命じた時は、早くも馬喰町へも寺尾口へも御厨(おみくりや)町へも、村人たちが乱入してわめき立てたので、町中が上を下への大騒ぎとなり、人々は馬場町や代官町、柴町、果ては山手へと避難し、その数はおびただしいものであった。

 これがためにお城も動揺して、どのように制止してもやまないのである。こういうところへ城番の伊木億右衛門らが来て「ただ今、犀川の水が押し出し、川中島へ出ました」と言う。(このあと出水の真偽をめぐって、関係者の間で論議が交わされた)

 河原「その者は実際に水が来るのを見たのか」
 板植「人足の言ったことを聞いての報告です」(さては信じられないことばかり。真実の報告を聞きたいものだと思っているところへ、調べに行った伊木と駒村が帰ってきて申し上げた)
 伊木・駒村「氷鉋よりさらに向こうまで行きましたが、水は来なく、瀬鳴りの音も聞こえず、近くの者に聞きただしたところ『先に水が来た来たと大騒ぎをしたが、実際には水は来なかったのです。うそだったのです』と言うのです。これでは、丹波島まで行く必要もないので引き返しました」

 混乱ぶりの骨頂ともいえる状況であった。

(2013年12月7日掲載)
 
「むし倉日記」を読む