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10 泊まり客の災難 ~焼け跡で骨と金を掘る~

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 弘前藩の者、2人の主人と家来3人連れで善光寺に開帳参りし、藤屋平左衛門の所へ止宿したが、家がつぶれた上にたちまち焼き出されたので、1人の主人は逃れ出たが、寝間着を着たままで福島(ふくじま)まで逃れ行き、問屋に頼みを申し出た。

 「われらは弘前藩の者であるが、善光寺参りをして、その後、伊勢で『太々講』を打とうと金150両持ち出し、連れの者は50両ばかり持参しました。昨夜、藤屋の上段の間を借り、家来は次の間に置いたが、家が揺れてつぶれ、皆下に埋もれた。われらは不思議にはい出したが、連れの者と家来どもは逃れ難く、焼け死んでしまった。これでは国に戻って言い訳もできない。せめて骨だけでも手に入れたく、また金子も形ばかりだけでも手に入れなくては言い訳の種にもならない。どうか情にはからってお助け下され」

 このため問屋より急ぎ飛脚を頼んで出役の御勘定役へ計らい、藤屋の焼け跡のそれと思われる辺りを掘らせた結果、上段の間に骨と金2かたまりと焼けた大小を得ることができ、次の間にて家来3人の骨を得て、それらを役人に渡したという。

 それからどうやって国に戻ったか後のことは聞いていない。
       ◇
 つぶれた家の屋根を掘り、火の回らぬうちにと家財を取り出し、所々へ持ち運ぶことが多かった。ある呉服店でもそのようにしたところ、近辺より人々が手伝いにと来たり、品物を取り出し、持ち運ぶふりをして盗み取り、どこかへか持ち去る者も多かったという。
(2013年12月21日号掲載)