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20 遊びと生活学習 ~問題行為は欲求不満の表れ~

 「小さな子どもは遊ばせておくのが一番。大人は手出しせずに、好きなように転げ回らせておけば必要なことは自然に自分で学んでいく」。このような「遊びのすすめ」を聞いたことがあるでしょう。しかし、それでよいのだろうか―という不安を覚えることはありませんか?

大人の誤解
 次のような子どもの行動を見聞きすることがあります。「落ち着かない」「人の話を聞けない」「何事も続けられずにすぐに放り出す」「ぼうっとして自分では進んで何もできない」「暴力を振るう」「行動を変えさせようとして大人が叱っても、褒めても、なだめても効果がない」。

 モンテッソーリは、子どもがこのような行動を示す原因の一つが、大人たちが抱きがちな一つの誤解にある、と指摘します。「幼児がしたいことの全ては『遊び』なのだ」という誤解です。そして、この誤解を解決するために子どもの生活を「遊び」と「生活学習」に分けて考えることを勧めています。

 「生活学習」とは、子どもが人間として生存・生活していくための基本的な活動の仕組みを理解し、その理解に基づいて自在に体を動かすことの学習です。基本的な生活活動とは、例えば、「道を歩く」「椅子に座る」「服を着る」「箸を正しく持つ」「道具をちゃんと使う、片づける」「言葉を使って挨拶をする」などです。

 子どもの精神は、遊び以上にこの「生活学習」を渇望しています。そして、「生活学習」によって、様々な体や生活の仕組みを理解し、自由に動けるようになることの喜びが、その後の学校での「勉強」の喜びを支えるのです。本稿でこれまで数回に分けて取り扱ってきた「敏感期」は、この「生活学習」が進んでいく過程で、知性の働きによって起こる重要なステップなのです。

 「生活学習」の重要なポイントの一つは、「大人による適切な助けが必要である」という点です。しかし、「できるだけ手出しせずに、遊ばせておきさえすればよい」という誤解に基づいて放っておかれ、生活学習のための助けが得られないとき、知性はかみ合っていない歯車のように空転をし始めます。

 それは知性にとって大変な苦痛です。先に挙げたような問題行為は、知性がスムーズに働かないことのフラストレーション(欲求不満)の表れ※であるということができます。

 では、幼児に限らず「知性がフラストレーションを起こしているのではないか」と気付いたとき、どうしたらよいのでしょう? 次回に続きます。
(※発達障害などの理由で起こる場合には、別対応が必要です)
(2013年12月21日号掲載)

 
続・たてなおしの教育