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77 年を取ったら あの人のように...(下)

 大糸線に乗ると登山隊(プロ集団ではなく)によく出会う。ある日の松本駅の待合室でのこと。列車待ちをしていると、10数人の女性登山隊が大きなリュックを背負って入ってきた。白髪の目立つひとがほとんどで、70歳前後とお見受けした。

 女性登山隊との40分間
 思い思いにリュックを下ろしてそれぞれに座席を占めると、地図を広げるひと、荷物の整理をするひと、2~3人で打ち合わせをするひと、「ちょっと本屋へ行って来るね」と言って立つひと...様々だった。以下、私の勝手な観察録。順序もなく。

○こうしたときよくあるドヤドヤ感がなく、喧(かまびす)しさがない。
○立ち居振る舞いに「ドッコイショ」がなくフットワークが軽快だ。
○口数が少なくおしゃべりが爽やかだ。
○大きなリュックがひと様の邪魔にならぬように気配りしている。
○係からの「出発まであと15分です。集合は大糸線の6番ホームです」などの諸連絡、相談に「ハイッ、分かりました。/質問」など、言葉のやりとりが実に気持ちいい。判断・決断が早い。「あんた、どうする?」などと他人に頼らない。

 品格のある集団
 いかにしてこうした品格のある集団が出来上がったのか、相寄る魂というが、すでに幼少時から育て鍛えられている前向きな個の力が集まって、相乗効果をもたらしたものなのか。あるいはリーダーの存在と指導がよろしきを得て、集団が持つ力を巧みに引き出してのものか。様々な要素が絡み合って、互いに啓発されるのはもちろんなのだろうが-。

 偶然の山好きの女性たちとの出会いであったが、私はこの女性登山隊と約40分間を過ごし、老後をこうした形のなかで送る幸福を垣間見たのだった。

 人生訓と言えば堅苦しくなるが、こんな言葉がある。
○いつでも何でも精いっぱい すばやく正しく ニコニコと 用が済んだらさっさと次へ(椎尾弁匡(べんきょう)師)
○どんなに力をこめて振り下ろそうと、鞭(むち)で人間を奮起させることはできない。しかし信頼し合っている同志なら、黙っていても二人の間に無尽の力が湧いてくる。(むのたけじ)
○自分が自分を整え、他人に頼らず、整えた自分に頼る。(一条智光上人)

 91歳、毎夜深夜に2時間歩く
 「いやぁ、癖になったらやめられないってことですよ」。歩くコースは3つある。街灯が少なくて暗いが、歩き慣れた道で迷うことはない。車は深夜だからたまに通る程度。挨拶する必要もなく気楽なものだ。動物が道を横切ることは珍しくないが、タヌキやキツネの類いで小動物ばかり。

 S・Nさん、91歳。大阪出身で銀行員だった。兵隊で4年間中国へ。復員。引き揚げ船で舞鶴港へ。銀行へ復職。平凡なサラリーマンだった。少し早目に退職して、白馬に腰を落ち着けて40年になる。おかげさまで元気なので、屋根に上って雪も落とす。まだ人頼みはしない。

 ロードスポーツ用自転車で軽快に
 昼間は若者風のいでたちで、スポーツバイク用ヘルメットをかぶり、スポーツ用自転車で40キロくらい走る。S・Nさんは長身痩躯(そうく)でハンドルさばきが実に軽快だ。音もなくサッと通り過ぎて行く。コースは3通り。
 80歳を過ぎて、自転車で四国遍路もやった。だが、遍路道は山道が意外に多く、自転車を担ぐことになる。歩く方が楽だ。弘法様と同行二人、ひと足ひと足歩いてこそが四国遍路だ。自転車は邪道であることが分かった。
 戦記物をたくさん読んでいる。真実を語らなさ過ぎるものが多い。現実は凄惨(せいさん)そのもので、日本は中国と中国人をどれほどいじめてきたことか。戦争ほどダメなものはない。
 人生をリタイアする年になった。誰に遠慮もない。全てはマイペースだ。まことにおおらかで屈託がない御仁だ。
(2013年11月30日号掲載)
 
美しい晩年