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大阪・兵庫15 玄象(げんじょう) ~琵琶名器の逸話~

 〈あらすじ〉琵琶の名人の藤原師長(もろなが)は、国内には相手がなく、唐に渡って修業しようと、須磨の浦に立ち寄り、老夫婦の塩屋に泊まる。師長は所望されて弾き始めると、にわか雨が降り出し、板屋をたたく。夫婦はむしろを敷いて音を調整したので驚き、逆に演奏を頼むと、老人は琵琶を、老女は琴を見事に弾く。師長は未熟を恥じて渡唐を諦めると、夫婦は村上天皇夫妻と名乗り、姿を消す。
 やがて若い村上天皇が現れ、龍神に命じて、海底に沈んでいた名器・獅子丸を取り寄せ、師長に与えて、共に舞う。

       ◇

15-yoseki-0322p.jpg この謡曲は、かつては謡曲5流とも「絃上」という曲名だったが、観世だけが近年、「玄象」に改名した。「玄象」は琵琶の名器の名前で、村上天皇が所有していたとされる。平安時代末期の説話集『今昔物語』の巻24「玄象琵琶鬼の為に取らるる語」には「今は昔、村上天皇の御代に、玄象という琵琶俄(にわ)かに失せにけり...。天皇極めて嘆かせたまひて...」とある。

 また『平家物語』巻7の「青山の沙汰の事」には、仁明天皇の御代、掃部頭貞敏が渡唐した際、青山、玄象、獅子丸の3面の琵琶を授かり、海を渡ってきたが、波風が荒くなってきた。そこで龍神をなだめるため獅子丸を海に沈め、他の2面を持ち帰り、天皇に捧げて御宝とした、という趣旨の記述がある。

 この謡曲では、その獅子丸を取り戻すなど逸話を脚色し、琵琶・琴の名手で、太政大臣にまで登りつめた師長を結び付けて創作した。優れた日本を見直し、渡唐の修行を諦めさせる曲想は、奈良の春日大社が舞台の「春日龍神」と同じである。

 謡曲の舞台は、神戸市須磨区須磨浦通にある村上帝社だ。JR「須磨」駅前の国道に沿って北にしばらく歩くと、「村上帝社 琵琶達人師長」と刻んだ石碑があり、その奥に小さな社がある。老夫婦の塩屋があった場所とされ、土地の人が両者を祀って建てたという。

 帝社のすぐ裏に山陽電鉄が走り、線路北側にある福祉センターの庭先に「琵琶塚」と刻んだ大きな石碑がある。獅子丸を埋めた塚といわれている。もっとも、ここには前方後円墳があり、その形が琵琶に似ていたため、名付けられたという説もある。

 かつて社と琵琶塚は、同じ敷地内にあったが、線路で二分されてしまい、塚は高架の陰に隠れ、気を付けないと見落としてしまう。

 見学していると、電車が通過するたびに、社も琵琶塚も振動で揺れる。もはや、にわか雨や琵琶の音を静かに聴ける雰囲気とは、到底いえなかった。
(2014年3月22日号掲載)

=写真=帝社の裏にある琵琶塚
 
謡跡めぐり