
1994(平成6)年2月、ノルウェーでリレハンメル五輪が開かれました。冬季としては98年長野五輪の直前に当たる大会です。私たちは5日に首都オスロに到着。高速道でリレハンメルに直行し、IOC(国際オリンピック委員会)理事会で長野の準備状況を報告しました。
NAOC(長野冬季五輪組織委員会)は直前の冬季五輪を参考にするため大勢の職員を派遣し、それぞれが責任分野ごとに視察をしました。長野に割り当てられたホテルは町の中心部から車で30分ほど山の中に入ったリゾートロッジ風で、オーロラも見ることができました。
女性たちが活躍
開会式の前にリレハンメル市役所にトロン市長を表敬訪問したところ、前日、市長主催のレセプションにドレス姿で出席していた夫人が事務服姿でコーヒーを出してくれました。市長が「妻は上のフロアで働いている」と言うので、私は思わず「毎日一緒でいいですね」と応じました。
ノルウェーの首相は肝っ玉かあさんのような気さくな女性でしたし、オスロの市長も女性でした。ノルウェーではすべての組織で女性を4分の1以上登用する制度が法律で義務付けられています。女性の活躍が目覚ましく、長野市も女性登用を進めていた時なので大変参考になりました。
リレハンメル五輪の開会式は12日に行われました。「環境五輪」をテーマにしたノルウェーの民話と伝統に基づくオープニングセレモニーは、大勢のボランティアの皆さんと子どもたちも参加し素晴らしい内容でした。長野でも未来を担う子どもたちに、この感動を体験させてあげたい、と強く思ったものです。
開会式終了後、予算編成や人事など新年度に向け市長業務が山積していたので、いったん長野へ戻り職務に専念しました。そして27日の閉会式に間に合うように、再びリレハンメルへ。前日の夕方、トロン市長と共にリハーサルに臨み、寒い中で2時間ぐらいかかりました。
閉会式では後半、壇上中央にヘイベルグ五輪組織委員会会長、トロン市長、サマランチIOC会長、私の順に並びました。そして、会場の全員が起立し五輪賛歌のメロディーが流れる中、ギリシャ国旗、ノルウェー国旗、日本国旗が掲揚され、トロン市長がサマランチ会長へオリンピック旗を手渡し、会長から私に渡されました。
パトカーで送られ
極寒のため滑らないように注意しながら、しっかり受け取ると、その瞬間、風が吹いてきました。正面選手団と聖火に向けて高々と掲げた五輪旗はへんぽんと翻り、感動、感激の一瞬でした。
旗を掲げたまま、ゆっくりと壇上を一回りした際、私はサマランチ会長に「I will do my best」とささやきました。その直後、会場に犬ぞり隊が入ってきたので、大きく旗を振って歓迎しました。閉会式終了後は「旗が大事だから」と、警察のパトカーでホテルまで送ってくれました。
帰国後、成田から首相官邸へ行き、細川護熙首相、羽田孜外務大臣、赤松良子文部大臣にオリンピック旗を披露。長野では、駅から五輪旗を先頭にパレードをし、6万人近い人々の歓迎を受け、喜びを共にしました。
(2014年3月22日号掲載)
=写真=リレハンメル五輪閉会式でサマランチ会長から五輪旗を受け取る