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15 湛水湖対策 ~幕府に拝借金願いを出す~

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 岩倉山の崩壊による湛水湖がどうなるかということは、その上下流に住む人々の重大な関心事だった。特に下流の川中島の住民はもちろん、松代藩の為政者にとっては藩の命運がかかる問題だった。

 戦々恐々、夜も眠れずとは、このことである。一代の先覚者、佐久間修理(象山)の建言があったり、藩によって犀口を中心とした流水の防護策が進められたりした。

 佐久間が建言した方策は、せき止めの大岩に縦、横、深さ各8尺(約2.4メートル)の大穴を開け、中に地雷火を仕掛けて岩を焼き砕けばよかろうというものだった。

 しかし、一穴へ仕掛ける地雷の費用が莫大で、とてもできる相談ではなかった。ことに10丁(約1キロ)にわたる幾つもの穴を掘るための石工の費用は、いかばかりか思いやられた。その費用をもって掘り割っても、どのくらいの効果があろうかということで、この案は実現しなかった。

 また、ある人は破砕機で岩を打ち砕いたらどうかと言ったが、その響きでまた山崩れが起きるのでは―というやりとりも交わされた。

 一説によると松代藩は、大損害を修復するには莫大な費用を要するので、寛保の満水の例に倣って幕府に拝借金願いを出した。

 これを意訳要約すると、以下の内容である。

 「城内をはじめご家来衆・城下町などがものすごい破損で手をつけられないので、寛保満水の先例に倣い御拝借金をお願い申し上げます。状況は過日お届け申し上げましたように、今までなかったような大地震があり、城内の櫓一カ所がつぶれ、櫓門・囲塀や住居などが大破損しました。その上、所々地面が地震で裂け、溝ができました。城下町においても潰家、破損所、死亡者が続出し、そのほか領内の村々の被害も多大であります。

 どうかこの実情をあわれみ、格別の御憐悲金(ごれんびきん=御救金)二万両をご拝借願いたく、この段お願い申し上げます。四月十二日」
(2014年4月5日号掲載)

=写真=佐久間象山