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36 飯山街道 富倉峠 ~歴史に新時代の役割加わる~

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 「冬を昨日の春の色」と、旧制松高寮歌の一節にある。彼岸入りの3月18日、妙高市新井から富倉峠を越え、飯山市市ノ口(いちのくち)まで歩く。JR信越線新井駅で降り、バスに乗り換えて長沢で下車する。

 この地は、江戸時代に高田藩の関所が置かれ、謡曲「柏崎」の道行きにも詠まれた交通の要所である。集落中央の雪深い光照寺に立ち寄り、一日の無事を祈願。

 快晴の下、飯山街道をゆっくりと富倉峠に向かう。この道は、高田平野と北信濃を結ぶ幹線で、新井から飯山城下に通じている。両脇に2メートル近い雪壁をもつ坂道を長沢川沿いに上る。雪解け水の元気な瀬音は耳に快く、残雪の明るい反射は目に眩(まぶ)しい。

 30分ほどで県境となり、短いトンネルを抜けると飯山市富倉地区だ。ここには江戸時代、飯山藩の関所が置かれていたが、今は富倉ふるさとセンターが旅人を迎えている。立ち寄って名物の笹ずしで昼餉(ひるげ)。この名物は、上杉謙信勢に富倉の人々が提供した野戦食と伝えられ、野趣豊かな取り合わせを今に残す。

 長沢川は県境を過ぎると、松田川と名を変えるが、さらに川沿いを上る。約1時間で、旧富倉峠への入り口の関屋地区に到着。この峠は、かつて旅人、物資、上杉謙信の軍馬などが往来していたが、今は旧集落の姿もなく、古い石垣に昔のおもかげを偲ぶだけである。

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 豪雪に沈む旧峠を訪ねるのは後日として遠望した時、思わぬ風景に目を見張った。大型送電鉄塔が立っている。この送電ルートは直江津の上越火力発電所から長野県へ、必要とする電力の大半を送りこんでいる。

 この峠は、今や全天候型の交通に加え、地下に来春開業の北陸新幹線の通過、上空に電力の輸送と、新たな時代に応じた役割を果たしている。

 富倉峠の大川トンネルを抜け、涌井地区で小休止。春の暖光を受けた皿川(さらがわ)が、恵みの雪解け水を飯山みゆき野に運んでいる。

 白銀の奥信濃の山々を正面に見据え、川沿いの緩やかな残雪の道を南下。心身は軽く、快調に足を運ぶ。藤ノ木地区を過ぎ、市ノ口地区に向かう。

 北側の山腹には、残雪の中に諸寺が建ち並び、寺の町飯山の風情が楽しい。雪解け水と残雪を満喫した春の一日に感謝して帰途に就いた。一茶は、残雪を慈しんで「足迹(あと)のあわれいつ迄(まで) 残る雪」の句を残している。次回は関田山脈の関田峠を歩く。

(2014年4月5日号掲載)

=写真=飯山側から見た旧富倉峠(中央)
 
絆の道