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60 「希望の国」(2012年) ~教養か娯楽か 見方は自由

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「希望の国」 Blu-ray 発売・販売元/松竹 5800円+税
(C)2012 The Land of Hope Film Partners

 Q 映画は教養として見るものでしょうか、単なる娯楽でしょうか?

 A いま、教養としての映画を考える人は少数派でしょう。戦後間もないころと違い、今、映画に出てくる文物を未知のものだと感じることは少ないはずです。

 しかし、スピルバーグ監督の「リンカーン」(2012年)を見れば、アメリカ独立宣言書のもつ歴史的意義が分かるはずですし、「少女は自転車にのって」(ハイファ・アル=マンスール監督、12年)というサウジアラビア初の女性監督の劇映画を見れば、主人公の少女を通してイスラム文化圏の女性の日常の一端を知ることができます。

 ただ、映画には現実との混同の危険がつきまといます。「やらせ」問題でも分かる通り、ドキュメンタリーといえども、作り手の意図によって、現実は作品として再構成されているのです。

 歴史認識をはじめ論争的なテーマでは、自分に都合の良いものだけ見て満足するわけにはいきません。不都合、不愉快なものであっても、異なる立場から描かれた作品にも目を配る必要があるでしょう。

 ドキュメンタリー「標的の村」(琉球朝日放送製作、三上智恵監督)を見て衝撃を受けるのは、沖縄では報道されていることが、「本土(やまと)」では報道されていないという明白な事実です。アメリカ占領時代、チャンバラ映画が禁止されていたのとは違う事情で、大事なことが、なにかしらの「配慮」で、私たちの目から遠ざけられている気がします。

 いずれにせよ、映画の見方は自由です。架空の長島県を舞台に、放射能被害にあった酪農一家を描いた園子温監督の「希望の国」(12年)を、ただ夏八木勲・大谷直子の畢生の名演技とマーラーの交響曲第10番に陶然として見てもよいし、福島の酪農家たちを描いたドキュメンタリー「遺言」(豊田直巳・野田雅也監督)と突き合わせて見てもよいのです。

 個人的には、映画を教養として見ようと思ったことはありません。さりとて、暇つぶしの娯楽として映画を見た記憶もありません。映画を見れば、嫌でも何かを知るし、考えてしまいます。

 中学1年の時、担任教師にクラス全員で連れていかれた映画「キリング・フィールド」(1984年)がきっかけで、現在は国際機関でアジアの人々のために働いているという女性を知っています。人との出会いと同じく、映画との出会いは一種の運命です。
(2014年4月5日号掲載)


 
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