記事カテゴリ:

17 臥雲院で ~庫裏がつぶれて逃げ出す~

17-mushikura-0524p.jpg
 手代の鈴木藤太は念仏寺村臥雲院(がうんいん)(長野市中条)に止宿し、庫裏の上段で、日もすがら事務処理に余念がなかった。すると、北西の方から虫倉山が一時に砕け、寺もたちまちつぶれてしまうような様子なので大変驚いた。筆と帳面を持ったまま東の庭へ飛び出したところ、庫裏は早くもひしひしと押しつぶされた。

 心に思ったことは、宵に隠して魚肉をいっぱい食べたが、このような名高い霊場を汚したのは私の誤りであった。そのたたりで、天狗か山神が怒ったかと疑いながら、囲みの塀を押し破りくぐり出て、暗い所をたどって裏の麻畑へ出た。

 この畑の中に一抱えほどの大木があるのを昼間見ておいたので、この木に取りついたが、何者か麻畑を押し分けて這ってくるものがあった。これは猛(たけ)きけものかもしれないと驚かされて、星明かりに透かしてみれば、この寺の庫裏のばばが裸で這ってきたのであった。

 急いで一緒にこの木に取りついたら、たちまちこの木がずるずると1丈(約3メートル)ばかり抜け下ったので、これはたまらないと、また逃げ出して考えた。

 この寺に名高き三本杉は大門の辺りにあった。このような老木であれば、根のはびこりも大きいと思う。この杉は根元の直径が6尺(約1.8メートル)ほどだという。この元に行けば、危なくなく、命も助かると、やっと近づくとあまたの雑木が倒れ重なり、暗くて大杉は見えなかった。

 さては、これもどこかへ行ったかと訝しんで、その木の少しそばにある観音堂に上ろうと思うに、堂ははるかに見上げるほどの所に見える。これはわが足の下も抜け下りたることかと恐れ驚きながら、堂を目指して上ると人声が聞こえた。力を得て、ようやく堂前に至って見ると、ここは抜け返ることもなく、住僧をはじめ、寺に居合わせた者たちが庫裏のつぶれた下から這い出て、ばあさんまでも皆ここに集まっていた。そのうちに村の男女がおいおい逃げてきて、恐れおののき、ひたすらに大悲の御名を唱える者が多かった。

 藤太が思うには、地震は昔から火事となることが多いと聞く。今の変事がもし地震ならば火あらんかと見るに、つぶれた庫裏から火が燃え出し、遠近に猛火が盛んだった。
(2014年5月24日号掲載)

=写真=大門の辺りにあり、地震で滑り落ちたと伝えられる三本杉