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26 五輪開幕 ~善光寺の鐘で開会 72の国・地域が参加~

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 1998(平成10)年、長野五輪開催の年を迎えました。そのころ第2次湾岸戦争の動きがあり、国連総会で日本の提案によりオリンピック休戦決議が行われ、平和裏に開催されることになり、ホッとしました。冬季五輪開催に当たり、私は「広報ながの」2月1日号に、概要、次のような所信を掲載しました。

 ―招致運動から開催準備まで12年余の努力が実り、いよいよオリンピックが間近になりました。毎日長野五輪の報道が発信され、「ナガノ」は世界の注目の的となっております。

 大会成功のキーワードは「市民の皆さまの参加」にあると思います。市内26地区のはあてぃ長野協力会では、清掃、除雪、花作りや独自のイベント開催など、温かさと創意工夫に満ちた計画が整いました。小中学校の一校一国運動も大きな成果を挙げており、商店街の一店一国運動は訪れる世界の方々にお店のぬくもりが伝わり、にぎわいの街を現してまいりました。

 選手たちによる多くの感動と感激のドラマは、テレビなどで世界中に発信されます。さらに市民の皆さまの温かい心や風物など、長野市の誇れる有形・無形の宝も世界へ送りたいと思います。市民の皆さまと長野で開催した喜びを分かち合い、世界から素晴らしいオリンピックと評価していただけるよう、成功に向けて頑張りたいと考えています―

努力に感謝の言葉
 1月29日には市議会全員協議会で、ファン・アントニオ・サマランチIOC(国際オリンピック委員会)会長を迎え、新たに創設した長野市民特別栄誉賞を贈りました。サマランチ会長からは、長野の皆さんの五輪成功への懸命の努力に対し感謝の言葉がありました。

 そして、待ちに待った2月7日11時、開幕を告げる善光寺の鐘の音がメディアを通じて世界中に鳴り響きました。会場の南長野運動公園オリンピックスタジアムでは、木遣りと建て御柱、力士の入場と横綱の土俵入り、150人の雪ん子たちと森山良子さんが長野オリンピック・ピースアピールソング「明日こそ子どもたちが...」を歌い踊る。

 間もなく世界72の国・地域から選手・役員約3500人の入場行進が始まり、最後に日本選手団が入場。斎藤英四郎NAOC(長野オリンピック組織委員会)会長が「21世紀への懸け橋となる長野五輪を『愛と参加』の最高の大会にしたい」と述べ、サマランチ会長は「オリンピック休戦を生かし、平和な世界を築こう」と挨拶しました。その後、全員が起立し、天皇陛下の力強い開会宣言のお言葉がありました。

 続いて、オリンピック旗が入場。対人地雷廃絶運動家のクリス・ムーンさんらにより聖火が場内を1周し、最後に巫女(みこ)姿の伊藤みどりさんが聖火台に点火。2月22日まで16日間にわたる熱戦がスタートすることになりました。

雪ん子の衣装提供
 開閉会式の総合プロデューサーは、演出家の浅利慶太さんが務めました。後日、私の行きつけの理髪店で、雪ん子で出演した小学生から「あのときの衣装を記念にもらいたいと皆が望んでいる」との要望を受けました。

 早速、浅利さんにお願いしたところ、衣装は劇団のオリジナルということでしたが、五輪の開会式に使ったということで特別に提供していただき、出演した子どもたち全員にプレゼントして大変喜ばれました。
(2014年5月17日号掲載)

=写真=開会式で雪ん子たちに囲まれて歌う森山良子さん
 
塚田佐さん