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161 びんずるさん(上) ~東大寺の像は怪異な容貌~

 善光寺本堂にある「おびんずるさん」は昔、赤いよだれ掛けのような物を付けていた。いまは、赤に金襴の法衣をまとっておられる。

 「一般的に『前掛け』と呼んでおり、信徒からの奉納品」と善光寺事務局。豪華絢爛な物を特別に仕立てているわけではなく、様子を見て新しい前掛けに交換しているという。

 「お頼み申す」と、病人が木像の同じ場所をさすれば、病苦や痛いところを取り除いてくれる。現世御利益を具現してくれる人気筆頭の釈迦弟子だ。土足のほこりが舞う外陣の真ん中で24時間、365日お勤めする姿は、不死身のパワーを感じる。

 年を取れば物忘れがひどく、目も歯も衰え、足腰など首から下も、不善となるのは仕方ない。かかりつけ医に「年相応ですな。諦めも肝心」などと言われ、急ぎ「びんずる信者」になる人も少なくないだろう。

 毎年1月6日の夜、びんずる回しの行事では、木像を本堂内で引き回し、しゃもじでたたく。病苦を引き受けてくれる尊者(敬称)は非常に分かりやすい信仰だ。

 びんずるという名前は、釈迦弟子十六羅漢の一人である「ピンドラ」さんの呼び名に漢字「賓頭蘆」を当てた。神通力が得意で見せ物にしたら、釈迦に叱られた。「お前は悟りの境地に遠い。差し当たり衆生救済の専門家になれ」と命じられ、参拝者に近くて便利と、本堂の外陣が勤務場所になった。

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 もともと信者に食事をサービスする役だった。しゃもじが由緒因縁の小道具の理由でもある。
 県内では、上田市の八日堂(国分寺本堂)にもびんずるがあるが、「何と言っても立派なのは、全国の国分寺のセンターである奈良の東大寺」と、仏像学の先生が言うので、訪ねてみた。

 大仏殿右側の軒下に赤い衣服のその像があった。「中国からの観光客に人気です」と案内人。大仏殿から、そのまま帰る日本人参拝者を尻目に、東南アジアからの団体は、びんずるさんの前に行列してスナップ写真を撮り合っていた。

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 尊像の容貌が怪異なことにびっくりさせられた。目鼻立ちはくっきりと、威厳にあふれ、典型的なインド人風。大きめのベレー帽をかぶり、にらんでいる。病の治療も「漢方も、和方もだめなら、異国の方にすがってみよう」ということか。江戸時代の作と伝えられる木像の鋭い眼光に、パワーを感じた。

 香港をはじめ中国や台湾では、一般家庭でも台所やダイニングに祭る。「おなかいっぱい食べたかい」が、日常のあいさつになっている地域もある。世界で一番の問題は、飢餓だ。飢饉を繰り返した江戸、明治、大正時代から、終戦後の食うや食わずの時代を経て、グルメに興じる日本の世相にびんずるさんもびっくりだろう。
(2014年5月31日号掲載)

=写真=東大寺のびんずるさん
 
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