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18 各地の寺で ~地割れに落ち込む本堂も~

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 磯田音門は27日に西山手を諭し回って後、岩倉山の抜け場見分に行った。安庭村に宿り、百姓らと共に小屋の中に寝た折、十匁(もんめ)玉の鉄砲を打つような音が時々聞こえた。一昨夜、抜け崩れてから後、あのように夜になれば聞こえるのだ―と、百姓たちは答えたということである。

 岩倉が抜け落ちた跡から陽気が発生したのである。また、村の子どもらが「いま、御奉行殿のおつむりの上へ火の玉が落ちた」と叫んだ。磯田音門はそれを聞いて「これは火の玉ではない。このような大地震の揺れのときは、陽気といって、地中から火の玉のようなものが出ることがある。さらにこれは怖きものではない。驚いてはいけない」と言い聞かせたという。

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 上野村の明松寺も、かねて御巡見の時に御本陣をしていたが、一揺れで地割れして、庫裏も本堂も潰(つぶ)れながら割れ目に挟まり落ち込んだ。そのまま割れ口がふさがれたという。不思議なことに打たれる者もなく、早速、大勢集まり掘り出したところ、けがもなかったという。寺はそのまま土中にある。

 また、茂菅村の静松寺では、台所の隅に馬屋があり、そのそばに五右衛門風呂を据え置き、中間の爺が浴していたところ、ここだけが抜け落ちて、深い谷に落ち込んだが、風呂の湯はこぼれもしないで、入ったまま抜け下ったという。

 馬は驚いて谷を渡り、寺に戻った。残った庫裏は潰れかかり、裏手の山は抜け崩れて本堂へ押しかかった。片付けるのも容易ではなく、大変迷惑したということである。

 上松村の昌禅寺は、さしも名高き伽藍であったが、一揺れで潰れ、住持も打たれた。人が集まって屋根をうがち出して息も通わせたが、とうとう死んでしまったという。
(2014年5月31日号掲載)