記事カテゴリ:

33 五輪の成果 (下) ~有形無形の資産残す 「やればできる」自信~

33-tsukada-0705.jpg
 長野冬季オリンピック後の3月の「広報ながの」で、私は「ながのは世界」と題して五輪開催の思いを述べています。長野五輪の話を締めくくるのによいので紹介します。

 ―長野冬季オリンピックは、大成功のうちに16日間にわたる「平和の祭典」の幕を無事閉じました。招致から開催決定、そして今日まで、市民の皆さまお一人おひとりに大会を支えていただいたおかげであり、心から感謝申し上げます。

 世界72の国・地域から3516人の選手・役員の参加があり、日本選手は金5など、合計10個のメダルを獲得するめざましい活躍でありました。各国選手もすばらしい健闘で世界新記録など多くの感動のドラマが展開され、そのさわやかな活躍は長野から世界へ伝わりました。

一校一国運動が成果
 長野オリンピックは「平和と友好」「子どもたちの参加」「自然との共存」をめざしてまいりました。その具体的取り組みとして、ピースアピール、一校一国運動、はあてぃ長野など多くの市民の皆さまの力を結集して大会を盛り上げていただきました。

 特に、数年前からの一校一国運動は大きく実り、子どもたちへの国際理解教育が進んで大きな成果が上がり、大変高い評価を得ております。

 表彰式会場や駅自由通路、オリンピックプラザの賑わいは大変なもので、まさに国際都市NAGANOであり、「地球は故郷」と実感できたものと思います。

 また、今回初めて冬季五輪開催都市市長会議を持ち、活発な討論で宣言を採択し、世界にアピールできたこともうれしく思います。長野市は来年、「中核市」としてさらに躍進しますが、五輪開催の成果で得た有形・無形の資産を活用して、さらに住みよい都市をめざしてまいりたいと思います―

 今振り返ると、長野五輪の開催は、まさに「天の時、地の利、人の和」の勝利だったと実感しています。アジアでの冬季五輪は札幌大会以来、26年ぶりでした。長野の前はヨーロッパ開催が続き、その前はカナダで、次はアジアで―という雰囲気がありました。

 地の利としては、長野は北海道と並ぶウインタースポーツの拠点であり、五輪選手も輩出し、それまでに2度招致に立候補したことがあります。また、長野県は高速交通網整備が遅れており、「陸の孤島」になるという危機感もありました。

世界で知名度アップ
 それらが相まって、県民の間に人の輪が広がり、今回はぜひとも五輪を実現し成功させようという機運が盛り上がりました。

 長野五輪は多くの資産を残したと考えています。まず、世界で「NAGANO」の知名度が上がりました。ボランティア意識の高まりや、おもてなしの心であるホスピタリティーの向上、子どもたちへの国際理解教育などは無形の資産です。

 さらに五輪を機に、新幹線、高速道路、幹線道路、下水道などの整備が一気に進み、各種スポーツ・コンベンション施設ができたことは有形の資産です。

 五輪関係の直接投資額は約4500億円、高速交通網へは1兆1千億円で、合計1兆5500億円。その経済効果は5兆円と計算されています。何よりの資産は、市民の皆さまに「やればできる」という自信が生まれたことでしょう。
(2014年7月5日号掲載)

=写真=イベント会場としての利用が多いビッグハット

 
塚田佐さん