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39 飯山街道 志久見古道 ~往時をたどりつつ被災地へ~

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 志久見(しくみ)古道は、善光寺に通じる中世以来の道である。夏至の6月21日、JR飯山線足滝(あしだき)駅で降り、国道117号を西へ向かう。

 県境の志久見川を渡り、南に進むと間もなく志久見地区に着く。この地はかつて谷街道東通りと関田山脈の深坂(みさか)峠と南の馬曲(まぐせ)峠を結ぶ道が交わる交通の要衝であった。内池館(うちいけやかた)跡の石碑が立つ小高い丘で小休止。ここは、中世の北信濃に勢力を張った豪族市河氏の館跡である。

 いよいよ、古道のおもかげを残す畦道に入り、新緑の坂をゆっくりと上る。馬頭観世音の石仏が出迎える大峠=写真右上=で大休止。ここからは小滝地区まで千曲川沿いに古道が続く。

 この古道は、2008年9月に小滝地区の樋口正幸さんと京都から栄村に移り住んだ松尾真さんとの出会いにより、800年来の眠りから目覚め、イベント「むらたびツアー古道を歩く」へと発展している。

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 朴(ほお)の木の大きな落ち葉を踏み、整備された九十九折りの坂をゆっくりと下る。奈免沢(なめざわ)川を渡って、小峠で小休止。ここは眺望のポイントで、ホトトギスの鳴き声を耳に、千曲の蛇行する流れと夏を迎えた関田の山並みを心ゆくまで楽しむ。

 重い腰を上げ、先へ進む。間もなく舟曳き跡への下り口から河原に降りると、河床に曳き舟の跡が残り、往時の千曲川舟運(しゅううん)のにぎわいを今に伝えている。

 元に戻り、快い瀬音の大免沢川を渡ると、林の中を一本の道が抜けている。土の柔らかな感触を楽しみながら進み、視界が開けると小滝地区の農村広場に到着。広場の一角にある「十二社」の拝殿の前で昼餉。

 拝殿の板の内壁には、寛政5(1793)年をはじめ、天保2(1831)の年号を記した墨書が随所に見られる。私は「信州川中嶋北東村 源助同行七人休まし」の前でくぎ付けとなった。往昔、川中島平からの旅人たちはここで一夜の草枕を結んだのである。

 小滝地区は、2011年3月12日、長野県北部地震の大災害を受けた。復興の拠点として「小滝復興プロジェクトチーム」を立ち上げ、12月1日を小滝復興の記念日としている。代表の樋口さんは「小滝米を復興の核として、300年後に小滝を引き継ぐ」と大志を力強く語った。災後から着実に復興に向かっている熱い息吹を背に、横倉地区を目指す。

 約4キロで仮設住宅跡地に着き、小休止。2年前の情景が甦(よみがえ)ってきた。天皇陛下は手術後をおして皇后陛下と共に、ここの被災者を見舞われた。それに感謝した村民に私も加わり、日の丸を力いっぱい振り続けたのである。

 次回は、飯山市の修験の山・小菅山への峯入りである。
(2014年7月12日号掲載)

=写真=内壁に墨書が残る拝殿(正面奥)のある十二社
 
絆の道