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062 子守唄 ~遥か郷愁の世界に誘い込み~

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 ねんねんねむの葉っぱ 寝るだろし
 坊やもねむの葉っぱ よく寝ろよ
 寝たらほうびに 何やろか
 空のお月さんの うさちゃんが
 ついたお餅を どっさりと
 いものお舟に つみこんで
 坊やのところへ 持って来る
 ねんねんねんねん ねんねんよ
 
    ◇
 
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 刷毛を上向きに広げた、といったらいいだろうか。絵筆を目いっぱいに開いたようでもある。淡い紅色の、いかにも繊細なネムの花に、引かれてきた。

 夏の夜、ほのかに甘い香りを漂わせ夢見心地に咲くころ、大きな羽根状の葉=写真右=は、無数に抱えた小葉をぴったり閉じて=同下=眠りに就く。

 そんな習性を見てのことだろう。「ねんねんねむの葉っぱ 寝るだろし」と、子守唄に歌われた。しかも唄全体の雰囲気が、このうえなく優しい。このうえなく穏やかだ。

 マメ科の落葉高木ネムノキは、漢字で「合歓木」と書く。独特の花の姿から「合歓の花」とか「ねぶの花」とも呼ばれる。「ねむ」「ねぶ」が寝ること、眠ることを意味する幼児語の「ねんね」と結び付き、子守唄のキーワードを成したのだろう。

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 1981(昭和56)年発行の『日本わらべ歌全集13 長野岐阜のわらべ歌』(柳原出版)には、下高井郡野沢温泉村を採集地としてこの子守唄が登場する。採譜は著者の一人、町田等となっている。

 野沢温泉村といえば古くから、豊富な湯量を誇る温泉で知られる。スキー観光の中心地としても名高い。大勢の客を迎えるとなると、猫の手も借りたいくらい忙しい日々を重ねざるを得ない。

 家業に追われながら若いお母さんは、寸暇を惜しみ赤ちゃんの世話をする。大きな子どもたちは、弟や妹の子守をしなくてはならない。

 飯山市街地から千曲川沿いを北上し、右岸に渡って県道飯山野沢温泉線を北竜湖方面に向かう。市と村の境となる峠道を上りきり、少し下ると前方が開けた。正面に野沢温泉の家並みを遠望できる。山ふところに抱かれた、のどかな村落だ。

 いわば〝ねむの葉子守唄〟のふるさとである。いつごろまでのことだったか、こんなにもしっとりとした唄が、赤ん坊相手に口ずさまれていたと思うと、何か温かいものが胸中を満たしてくるのだった。
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 子守唄にも幾つかのタイプがある。むずかる子を寝かしつける際に歌うのが「眠らせ唄」「寝かせ唄」だ。多くは「ねんねん...」で始まる。子守をする側の立場で歌うのは「守り子唄」という。乳幼児と一緒に遊びながら歌う「遊ばせ唄」もある。

遥(はる)か記憶の糸をたぐり寄せれば、誰の声とも分からない子守唄が聞こえてくる。漠としていて、なお懐かしい思いだけは強烈だ。

〔植物の就眠運動〕ある種の植物の葉が夜に閉じ朝に開く運動。ネムノキのほかオジギソウ、カタバミなどにみられる。それぞれが体内時計を持つとされる。
(2014年7月5日号掲載)

=写真=のどかな野沢温泉村の集落
 
愛と感動の信濃路詩紀行