記事カテゴリ:

74 瀧沢直井宮司 ~象山論を語り合う~

 海西無風平似席
 佐山如枕遠横天
 好斟北斗懐名月
 伸足朝鮮一睡眠

74-zozan-0712.jpg
 この漢詩は象山神社(松代町)先代宮司の瀧沢直井さん(1909~2008年)=写真左=が書き残した佐久間象山の作品である。題して「於北越出雲岐」(新潟県出雲崎)。

 宮司がどんな資料から引っ張り出したのかは不明だが、「日本海を寝る時の敷物に、佐渡島を枕にして、北斗七星を組み込み、十五夜のお月さまを懐に、足を朝鮮に伸ばして一眠りしよう」と解釈する。象山の遠大な思想がうかがえる。

 安茂里在住の三沢洋治さん(72)=同右=によると、松代町の文化と歴史を知ろうと、昭和61(1986)年に「松代歴史探訪愛好会」を立ち上げた。会員は4人(うち1人は故人)。現在は活動を中止している。

 同会は象山の事績にも関心を示すようになり、同年10月22日には、瀧沢宮司を誘って中尾山温泉で一夜、象山論を語り合った。さらに12月14日には、宮司の自宅を訪問して象山のことを勉強した。

 瀧沢宮司は詩吟も詠じ、象山の漢詩にも造詣が深く、前掲の漢詩を含む象山作の5首を添えた手紙を同会に譲ってくれたという。このうちの1首を紹介する。象山54歳の作で七言絶句、偶然出来上がった偶成である。

 殷殷闐闐在遠空
 密雲不雨日沈紅
 雷公有意天下蘇
 只向山中起蟄龍

 象山は元治元(1864)年3月7日、将軍家茂から上洛の命を受け、京に上るが、京は「雲霞の如く攘夷(じょうい)(外国人を追い払って国内に入れない)」の盛んな都で、家茂はどうにもならなくなり、日本の行くべき道を聴くために象山を呼んだ。

 象山は吉田松陰の密航事件に連座、蟄居(ちっきょ)させられたので、自らを「蟄龍」(隠れている竜の意で、活躍する機会を得ない英雄に例える)と称した。詩中の雷公は家茂のことである。
(2014年7月12日号掲載)



 
象山余聞