記事カテゴリ:

21 夜着流出 ~嫁ぎ先から親里へ流れ着く~

 ○御領分には流死少し。他領はよほど有りしと聞く。上氷鉋辺りなるか、家族を木の裏にくくりつけておいたのに、その木は根より倒れ、たちまち、押し流されたという。

 ○川中島のどの辺りであったか、15、16歳ばかりの女の子が3歳ばかりの子を背負って、水が来たと聞いて、高い木の枝にはい上がり、取り付いていたところ、夜の8時過ぎるころ、飯山に流れ着いて助けられたという。

 ○千田村(現芹田)の治兵衛とかいう者の門先の木へ、夜になって夜着一つ流れ来たのを家来が拾い取りて、「こんなものが流れてきた」と知らせた。治兵衛の母が聞いて「物干棹に掛けおけよ、夜明けに水が引いたら、これを流した者が訪ねて来よう」と言いつけて、夜が明けて見れば我が家の紋である。

 母が家来を呼んで「お前が夕べ流れて来たと申したものは、我が家の紋が入っており、我が家の夜着である。それなのに、捨て流れてきた如く言うのはけしからん」。家来はそれに対して「土蔵もそのままあり、この夜具は流れてきたものです」と言い張った。

 そして、よくよく夜具を調べてみると、小市へ嫁に行った娘の夜具だということが分かった。そこで、小市での様子を聞くと、小市では水が押し来る前に、早く山手へ逃げ登り、家の辺りを見るに、逆流押し流れると見るうちに、家も蔵もひと流しに流され、どこへ流されたか、不明だということだった。

 結局は蔵に入れ置きた夜着だということが分かり、人も夜着も無事で、ふしぎに親里へ夜着が流れ着いたことは、まことに奇妙なことであった。

 ○村々へ流れ寄せたる品々、何によらず公事方にて改めさせて、名主へ預かり、村内へ札を立てて、8カ月のうちに訪ねて来る者があれば渡すようにふれた。
(2014年8月30日号掲載)

 
「むし倉日記」を読む