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047 イスタンブール アヤソフィア ~ビザンチン建築の代表格~

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 旧市街の歴史遺産が集中するスルタン・アフメット地区のブルーモスクとトプカプ宮殿に挟まれている。このロケーションのように、歴史の荒波にさらされつつ、今日でも欧州建築史上で最も貴重な建造物の一つに位置付けられている。「アヤソフィア」は市内に残るビザンチン建築の代表格で、現在は博物館になっている。

 アヤはギリシャ語が語源のアギヤで「聖なる」、ソフィアは「英知」を意味する。哲学のフィロソフィーは「知恵を愛する」からきている。

 ローマ帝国時代に東方正教会の聖堂として誕生。コンスタンチヌス1世が、ローマから現在の地に遷都した折、建設が始まった。3度の火災を経て、4世紀に東ローマ帝国のビザンチン時代に完成した由緒ある建物である。

 内部に入ると、高さ56メートル、直径30メートルの巨大なドームが、見る者を圧倒する。もともとはキリスト教の聖堂だったが、アラーや預言者の名前を刻んだ黄金色のアラビア文字で書いた6つの円盤で、「ここはイスラムのモスクなのだ」と気付かされる。どこのモスクにもこの文字があるが、ここはモスグリーンの盤で、直径7.5メートルと別格だ。

 ただ、ここには10世紀に描かれたキリスト教のモザイクが残されている。長い間、漆喰に閉じ込められていたが、20世紀に発見、修復され、参観者に感動を与えている。

 アヤソフィアでは漆喰や石灰で塗りつぶされたけれど、破壊工作はなかった。メフメット2世は、支配したイスラム教を強制しなかったし、キリスト教徒を迫害することもなかった。この後のスルタンも彼にならった。アヤソフィアには、美しい聖母子像やキリストの像が浮き出ている。

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 入り口に近い西側に、2対のベルガマの壺=写真右=がある。高さが1メートル半もある大理石製の大きな壺だ。

 伝説によると―。

 「ベルガマ(旧ペルガモン)の貧しい1人の農民が、農作業中に3つ掘り当てた。中には金貨があり、そっくりスルタンに差し出す。その正直さにスルタンは感激し、金貨入りの壺を農民に授けたが、農民は壺だけ受け取った。この行為に感心したスルタンは、壺と金貨ばかりか土地まで与えた。農民は生涯裕福に暮らした」

 「金の斧(おの) 銀の斧」のトルコ版の逸話が残っている。
(2014年8月30日号掲載)

=写真=数多くの伝説が残るアヤソフィア
 
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