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76 象山と海舟の掛け軸 ~借用金と引き換えに?~

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 松本市宮渕在住の寺島清さん(88)は、実家の丸山家が受け継ぐ佐久間象山=写真左・部分=と義弟の勝海舟=同右=の掛け軸が気になっている。父親から、なぜ伝わったのかを何も聞いていないからだ。

 象山の漢詩は、南画家・池大雅(いけのたいが)の絵を鑑賞しての作品で、題名は「池無名畫巻(いけのありなのがかん)」。「山容蜿蜒(さんようえんえん)として谷盤紆(こくばんう)なり」と続く148字の七言古詩である。

 海舟の方は「村(地)酒を飲むごとに酔った後、杖を曳いてふらふらと歩き、道の遠近を知らず。また(気分は)大空のようにわだかまりがない」という内容だ。

 2幅が伝わった背景には、丸山家の家系が関係する。丸山家の元祖は松本城の出城、白馬にある丸山内記守(だいきのかみ)にさかのぼる。寺島さんは父の清次郎さんから「松代藩8代藩主の真田幸貫の弟、矢沢頼堯(よりたか)は象山の才能を見いだしてかわいがり、象山は矢沢家に入り浸っていたようだ」という話を聞いている。

 「天保4(1833)年11月、江戸へ文学修行に出掛ける際、勝手向き不如意のため」。象山が頼堯宛ての7両に上る借用金証書(象山全集第3巻)がある。引き換えに一幅を渡したのではないか。それが矢沢家と交流のあった丸山家に渡ったのではないか―との見方だ。

 一方、「嫁入り道具」として伝わったとも考えられるという。

 日露戦争前夜、蒙古の旧カラチン王府で教育顧問を務めた松本市出身の河原操子(かわらみさこ)と丸山家が親類で、河原家には明治時代の海軍軍人、松代出身の宇敷甲子郎(うしきこうしろう)の三男が養子に入っている。甲子郎の後添い・秀は、松代藩の旧前島家から嫁いでいる。「秀の姉は矢沢家に嫁ぎ、前島家と矢沢家も親戚関係にある」と、操子の孫の河原忠一さんは話す。
(2014年9月13日号掲載)

 
象山余聞