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24 泳いだ若者 ~1里余りを何の苦もなく~

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 川中島に、常に水に親しみ、暇ある時は川辺に出ては水泳ぎに親しみ上達した若者がおり、彼は父母がやめろと言っても聞かなかった。

 今度、村の老幼が山々にかくれる時、父母も山に登ろうとする時、この若者を呼び「お前は日頃水をたしなんでいた。こんな時によく留守をしては」と言った。この若者は喜んで「父母よ早く逃げたまえ」と日が暮れないうちに父母を山手へやり、自分ひとりで家を守り、もし水が来たら泳いで柴村まで行こう、「こんな時は日頃習った水練を試すにはいい機会だ」と、落ち着きはらっていた。

 「こんな時は食がなくてはかなわず、握り飯せん」と、飯櫃(めしびつ)を取り出したが、水が早くも家を浸し、たちまち水が床上高浸水したので、飯櫃を抱いて屋根に登り、着ていた物を脱いで、飯をくるくると包んで頭に乗せ、柴村を目指して、やすやすと泳ぎきったという。

 ある人がこれを聞いて「泳ぎの途中、大木や家が流れてきて押し倒されたら、大変だったことか」と言うのに対して、若者は「家やら大木に登って息継がんと思っていたが、家も大木も流れて来ず、ただ苦しかったのは喉が渇いたことだ。だが、かの泥水を一口も飲むことができず、こればかりは閉口した」と答えたという。

 柴村までは1里余りもある。しかるに、それを横切って何の苦もなく、泳ぎ着いたのは、比類のない水練のたまものであった。

 もとより、師を求めて習得したのでもなく、すべて自得したことであった。
(2014年11月1日号掲載)
 
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