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052 スイス・ツェルマット 共同墓地 ~挑戦の精神に畏敬の念~

 大学入試の過去問題で、こんな英語の長文が私の心に残っている。少々長くなる訳文だが、我慢してお読みいただきたい。

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 スイス・ツェルマットのこぢんまりした墓地に、マッターホルンに挑んで命を落とした多くの登山家の遺体が横たわっている。私がツェルマットに行くたびに、その小さな共同墓地を再訪する。

 というのは、そこには、妙に心を動かす何かがあるからだ。彼らを死に至らしめた山影に、勇敢な男たち―女もいるが―が眠っている。みなさんはそこが気のめいる場所だと思うかもしれないが、そうではない。というのは、希望と勇気に満ちた雰囲気が悲しみを圧倒しているように思えるからだ。

 その共同墓地に行くたびに、以前気付かなかった墓に出くわす。今回は数年前に共に登り、共に死んだ若き3人のオックスフォード大学の学生を記念する黒い大理石の碑だった。彼らの名の下に、「ここに眠るわれわれは低い峰々を侮った」と、ラテン語の句が刻まれている。

 「彼らは、たとえ自分たちの命を犠牲にすると知っていたとしても、非常に大きな挑戦を選んだ。彼らはほかの人々が続くように手本を示した」とある。このタイトルは「マッターホルンを目指した冒険者たち」だった。

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 こんな思いで街を見ていると、マッターホルンの絶景スポットといわれる橋のすぐ後ろの日が当たる一角に、共同墓地を見つけた。墓というじめじめ感もなく、数々の花が添えられ、墓石には多種多様な墓碑銘が刻まれている。

 登山にしろ、マラソンにしろ、例外を除いて何の報酬もない難事に挑むのを快しとしない意見があることは承知している。しかし、コロンブスにせよ、チョモランマ(エベレスト)に初登頂したヒラリーにせよ、そこには果敢に挑戦するパイオニア精神が宿っていたであろう。

 この共同墓地の敷地を回っていると、えもいわれぬ畏敬の念が湧いてくる。

 ピッケルの彫刻がある一つの碑には、次のように記されていて胸を打つ。

 1976年12月28日、マッターホルン北斜面を登はんし、ヘルンリ尾根を下山中に24歳の若さで死亡した北ウェールズのウエークフィールドおよびバンガー出身のデビッド・ロビンソンをしのんで―。
(2014年11月15日号掲載)

=写真=マッターホルンに挑んだ登山家たちが眠る共同墓地
 
ヨーロッパ美の旅